引きこもり婚始まりました
『優冬くんが来てくれたこと、伝えなくてごめんね』
久しぶりに母にLINEしたら、すぐに謝られて逆に落ち込んでしまう。
(状況が状況だから、何もかも仕方ない)
気まずくて「帰ってきたら? 」を無視してしまったことも、腫れ物に触るみたいな反応をされることも、恐らく両親が優冬くんにすら冷たい態度を取ってしまったのだろうことも。
でも、だからこそ修復できるのは私しかいない。
『優冬くんは、春来とは違うよ』
(“軽蔑されるかもしれないけど、私……”)
打った文章を消して、さっき優冬くんが淹れてくれた甘いラテを一口飲む。
――春来のことは関係なく、優冬くんを好きになったんだ。
始まりを思えば、それは少し嘘だ。
でも。
『優冬くんに謝りたいから、落ち着いたら二人で来てくれる? 』
このめちゃくちゃな機会を大切にしたいと思ってる。
(……っ……と)
「業務終了します」に「お疲れさまでした」の返事がきて、パソコンの電源を落とす。
定時きっかり。
リモートになってから、残業も激減した。
チャットはログも残るし、面と向かって失礼な勘繰りをしてくる人もいない。
おまけに少しくらいならこんなこともできて、すこぶる快適だ。
(なのに、これは何なんだろ)
理由もないのに、胸がざわざわする。
何かを間違ってるのに知らないふりをしているような、自分自身への違和感。
(……気のせい。新しい幸せに慣れてないだけ)
マリッジブルーみたいなものかも。
私の直感なんて、当てにはならない。
そんなものがあるなら、春来の時に幾度となく発動するチャンスはあった。
『何も怖いことは……』
――だから、ないに決まってる。
・・・
「どうぞ」
優冬くんの仕事部屋のドアをノックすると、なぜか笑われてしまった。
「勝手に入っていいのに。でも、もうこんな時間か。大丈夫? 疲れてない? 」
「全然……っていうと、まずいかもしれないけど。定時に終わるし、ルームサービス付きで仕事してるしね」
「それはよかった。そんなとこにいないで、おいでよ」
笑い声は聞こえたけど、直前まで真剣な顔で仕事してたのに、今更ながら気が咎めた。
「で? どうかしたの?」
立ち上って、言われたとおり側に来る私を抱きしめてくれる。
やっぱり、後にすればよかったかな……そう思ったのが、あっという間にバレたらしい。
「あ……うん。お母さんに優冬くんのこと報告したら、今度一緒に遊びに来てって」
「え……ほんと? あ、いや……」
恐る恐る見上げると、心底びっくりしたって表情。
「ごめん。めぐが嘘吐くなんて思ってるわけじゃないんだ。ただ……」
『優冬くんに謝りたい』
それはやっぱり、優冬くんは今回のことに関係ないと頭では分かっていても酷い態度だったんだろうな。
それでも、きっと何度も――何の責任もないことを優冬くんは説明して、代わりに謝罪してくれた。
「……間に入ってくれたんだね。ケンカにならなかった? 」
「大丈夫。それより、優冬くんこそ。私が自分で説明するべきだったのに、嫌な思いさせてごめん」
「ううん。めぐは勘違いしてるよ。これは、俺がやるべきことだった」
私と春来のことで、優冬くんが怒られるなんて。
「春来の浮気を謝りに行ったんじゃない。辛いことがあったばかりに口説くなんて、最低なことして今があるんだ。この案を聞いた時も、めぐがまだ迷ってる時も俺は止める気はまったくなかった。それを勝手に謝りたかっただけ。……俺がやることだよ。関係ないなんて言わないで」
「……ありがと」
(馬鹿だな、私……)
こんなに大事にしてくれるのに、何を不安がってたんだろう。
『もう怖くないよ』
もしも本当にそう囁かれたのだとして、だったら何だというんだろう。
そのとおり、怖いことは何もない。
それで合ってるっていうのに。