引きこもり婚始まりました








紹介するまでもなく、迎えに来てくれた優冬くんとの顔合わせも済んだ。


「面白い人だったね。息抜きできた? 」

「元々詰まってないもん。あ、でも、優冬くんこそ、しんどくなったら言ってね。付き合いもあるだろうし」


心配掛けていたから、優冬くんを見て安心したのかも。
車から出てきた優冬くんに、わりと長々絡んでいた。
嫌な顔しないで相手してくれて、ほっとしてる。


「そんなこと言っていいの? 俺は片時も離れたくない方だよ。それに、友達とかいないし。付き合いは上手くかわしてる」

「……ひ、一人になりたい時もあるかもしれないし」


部屋に着いた途端、後ろから抱きしめられる。
身を捩ってみたけど、試すように笑う優冬くんと目が合って早々に降参した。


「ないよ。できるなら、ずーっとめぐと引きこもってたい」

「も、もう……」


こうなったら、とても優冬くんを見ていられない。
俯いて、さらりと落ちた髪を耳に掛けて。
逃げたら逃げたで、現れた頬と耳の境目ギリギリのところに口づけられた。


「本当は、閉じ込めちゃいたいくらいだけど。だって、めぐ可愛いもん。春来と別れたこと広まっちゃって、いいゴシップになったのもあるだろうけど、純粋にチャンスだと思った奴もいるんじゃない? 」


(えっ、と……これは……)


言うべきかな。
本人からは何も言われてないけど、親友からの情報だ。
でも、もちろんちゃんと断ったし。
断ったというか、その可能性すらシャットアウトした。


「まさか。それに、万一いたとしても、彼氏いるって言うだけだよ」

「万一ね。そんな低く見積もるなら、心配でそれこそ閉じ込めたくなるんだけど」


(戸村くんのこと、言ってもよかったけど……)


でも、わざわざ言う話でもない。
今頃、もう付き合ってる人がいることが伝わってるかもしれないし。
隠すことじゃないけど、いちいち明るみに出すことでもない。


「だ、大丈夫だってば……っ」


戸村くんと優冬くんが会うことは、きっと一度もないだろう。万一にも。


「そんなに慌てなくても、監禁なんてしないよ」

「……そんな妄想してない」


そう確信してるのに、なぜヒヤリとしたのか。
優冬くんは自然に笑ってるのに、どうして今頃春来からのLINEを思い出すの。


『無事か? 』


「そう? でも、安心して。本当にしないから。だって、そんなことしたら逆に逃げたくなるじゃない? そんなの、お互いにいいことないからさ」


冗談の延長だ。
優冬くんだって笑ってる。


「めぐに嫌われるのは嫌だ。視界に入らないのも苦しかったけど……今の幸せを知っちゃったら、もう戻れない。ましてや、それよりも落ちるなんて無理。めぐが嫌がることはしないから、嫌わないで……? 」

「き、嫌いになったりなんか……」


なのにどうして、一体どこからそんな話になったんだろう。
さっきまで悪戯っぽく笑ってたのに、今の優冬くんは媚びるようにクスンと鳴らした鼻先を、私の首筋に近づけて。


「春来への当てつけでも、寂しさを紛らわせる為でも構わない。俺をどんなふうに使ってもいいから」


――ずっと、ここにいてね。


「怖いことも嫌なことも、もう二度とめぐの目には映らないようにするから」

「……っ、優……」


もう少しで触れそう――そう身構えてから、結構経った気がする。
時間差なのか、私が期待した分体内時計が狂ったのか。
唇が押し当てられた時には、後ろから回された腕にしがみつくのが精一杯で。


「ここには、めぐが喜んでくれるものだけ。快適だから、安心して」


(話がめちゃくちゃ……なのに)


冗談の「監禁しないよ」と、本気の「ここにいて」は、結びつくようで一直線で進んだ先で繋がっているとは到底思えない。
でも、ぐちゃぐちゃに絡んでしまったら、その何個だか分からない結び目を経て、もしかしたら同じ意味になるのかもとすら思ってしまう――……。


「ゆ……う、……」


それも最初だけ。
唇が触れていく箇所が広範囲に及ぶたび、触れるだけでは済まなくなるたびに。

――そんなことすら、思考から弾かれてしまった。










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