引きこもり婚始まりました
頭がぼやけて、「好き」と今この瞬間が幸せなことしか分からなくなりそう。
優冬くんの声が神経を麻痺させるみたいだと思うのは、きっと勝手な思い込みだ。
同意があるどころか、私がしたいんだ。
ぼんやりしつつも精神が研ぎ澄まされるような、不思議な感覚のなか、思う。
――私、どこかで何かを間違った。
・・・
「……ぐ。めぐ……」
髪を撫でられたり、そっと揺すられるのは、寧ろ揺りかごみたいでずっと眠っていたくなる。
「起きなくていいの? 始業時間に間に合わないかも」
「……っ……!! 」
しまった。
名前を呼ばれるのも心地いいでしかなかったけど、さすがに仕事の話が聞こえてきて一気に目が覚めた。
バッと時計を見ると、始業開始まで15分くらいしかない。
「ありがと……でも、起こし方優しすぎる」
ここは自分のベッドですらないのに、どれから優先するべきか。
(と、とりあえず服……部屋に戻るのが先か……いや、でも)
「ごめん。だって、可愛いんだもん。あ、パソコンデスクにあったから、取ってきたよ。言ったでしょ、ログインだけしとけば間に合うよ。朝食も持ってきてあげるから、そんなに慌てなくてもたぶん大丈夫」
「……何から何まですみません……」
(というか、やっぱり部屋に戻ればよかったような)
とりあえず、メイクは後回し。
「おはようございます」のチャットまでは、服を着る以外のことはできそうにない。
「ううん。俺のせいだし。本気で起こさなかったのも、めぐが起きれなかったのも」
「……それは、確かに」
悪いのは私だけど、パソコン取りに行ってくれるくらいなら、もっと厳しく起こしてほしかったかも。
あと、後半も確かに。
「だよね。待ってて、準備してくるから一緒に食べよ。そのままベッド……だよ」
(……耳元で囁く内容じゃない……! )
一緒なのは朝ごはんなのに、そんな色っぽい声で言われたら、どうしたって耳が捉えるのは朝ごはんじゃなくて「ベッド」だ。
クスッと笑うだけで私の抗議を流すと、優冬くんが部屋を出る。
ドアが閉まった瞬間に急いで服を被って、パソコンを起動した。
「あ……」
そういえば、変だ。
――アラーム、ならなかった……?
(……そんなはずは)
平日は、同じ時間に設定してる。
解除した覚えもない、けど――……。
(……記憶になくても、二度寝したかもしれないし。間違って解除して、気づかなかったかもしれない)
――確認、しなくてもいい。
「お待たせ」
「っ……」
どれくらい、ぼうっと――ううん、必死に思考を巡らせていたのか。
優冬くんが、トレーに朝食を載せて戻ってきた。
「間に合った? よかった。はい、どうぞ」
「ありがと……って、違う。なんで、優冬くんもベッ、ベッドに来るの……」
ベッドの上で朝食なんて。
というより、こんなくっついてたら食べられないし。
「上司に見えなくてよかったね? 」
「も、もう……だから、仕事にならないって言ったのに」
よかった。
顔、きっと赤くなってる。
心臓の音も、甘い意地悪のせいで高鳴ってるっぽい。
もちろん、それも合ってるけど。
なのに、このタイミングで。
「……っあ……」
戸村くんからのLINE。
『聞いた。でも、どうしても直接言いたくて』
そこで切れたのは、彼も迷ったのかもしれない。
思わずスマホを持ち上げたけど、ここで開いても伏せたりしても当然、怪しすぎる。
「めぐ……? 」
(別に、悪いことはしてない。戸村くんも私も。今後だって何も起きない)
――でも、二度目の選択肢は間違えられない。