引きこもり婚始まりました
(……どうして……)
待ち合わせの時間から30分経って『近くのカフェにいるね』とLINEして。
もう30分経っても返事がないから、『またね』と更に送った。
気を利かせたのか、それとも不安で我慢させてしまってるのか、優冬くんはずっと待っててくれたけど。
「……めぐ」
テーブルに影が落ちたのと、そっと頭に掌を置かれたのと。優しく名前を呼ばれたのは、どれもほぼ同時で。
「あ……」
イケメンの登場に視線が集中したと感じたのは、それから少し後のこと。
「大丈夫……じゃないね」
「……ごめんね。迎えにまで来てもらって」
返事にならなかったことに苦く笑うと、優冬くんは向かいの椅子に腰を下ろした。
「正直言うと、家で待ってるより、比べものにならないくらいその方がいいよ。……残念だったね」
「……うん」
でも、戸村くんにも優冬くんにも自分の気持ちを伝えてスッキリしたいなんて、ものすごく身勝手だった。
どうして戸村くんの気が変わったのかは分からないけど、これでよかったのかもしれない。
「……優冬くん」
「ん……? 」
何より、私に会うのも彼氏がいると知ってて告白するのも、戸村くんの自由だ。
(何かあったのかな……体調不良? まさか、事故とか……)
だとしても、私が心配しちゃいけないことだ。
「本当にごめんね。せっかく、優冬くんが勧めてくれたのに」
「めぐのせいじゃないし、俺を呼んでくれてありがとう、だよ。何にしても、連絡くらいくれたらよかったのにね」
「……うん」
外でも人前でも関係なく、そっと頭を撫でて慰めてくれる。
羨望の眼差しも、困惑して視線を逸されるのも普段なら恥ずかしいけど、今はただ癒やされる。
「ね、よかったら、このままデートしない? 今度は俺と」
「優冬くん以外とデートしないよ」
そうだ。
今日は「好きだった」を聞いて、「ごめんなさい」を言う為に来たんだ。
私にできることは、他に何もない。
「じゃあ、どうする? 疲れてるだろうから、のんびりできることにしようか。……ココア、冷めちゃったね。新しいの頼む? 」
「優冬くん、私のこと察してくれすぎだよ。……ありがと。でも、デートなら出たいな」
優冬くんとのデート開始だ。
他の人との待ち合わせの延長じゃ、申し訳ない。
「分かった。……おいで」
戸村くんのことが、気にならないと言えば嘘になる。
でも、この安堵を味わえてよかった。
怖がることなんか何もない、考えすぎだと自ら一蹴できた。
「ちょうど、知り合いがやってるカフェが近くにあるんだ。連絡すれば、開けてくれると思うよ。上手くいけば、貸し切り状態。行ってみる? 」
「……ちょっと庶民には理解できないけど……その人の都合は大丈夫? 」
「大丈夫。暇だよ、絶対」
失礼なことを言う優冬くんは珍しい。
新たな発見があったみたいで、少し気分が回復した。
道中、会話らしい会話はそれくらいで、あとはポツリポツリ。
それが心地よくて。
ううん、甘すぎる視線で会話どころじゃなくて、あっという間に到着したのだけれども。
「……本当にわざわざ……よかったの? 」
「いいのいいの。はっきり言って、コネだから。どうせ面倒なことしなきゃいけないこともあるんだし、恩恵がある時は遠慮なく使っとこ」
おしゃれなカフェだ。
マスターらしき男性が一人いるだけで、本当に他のお客さんはいない。
「よく言うよ。コネどころか、自分の権力だろ」
「それも、これからは使える時は使うようにする。多少の無茶ぶりは聞いてくれるけど、ココアにする? 」
いきなりこんなことしてもらって、更に無茶ぶりなんて勇気ない。
「……ううん。コーヒーにしようかな」
広いソファも二人占めだ。
座ってしまうと、不思議そうに見つめる視線が近くて口ごもってしまうけど。
「……ココアは、家に帰って飲みたいかも……」
「……もちろん、いつでも作るよ。でも、参った。“疲れてるなら帰る?”って言うべきだったな。失敗した」
「後は引っ込むから。用があったら呼びに来てくれる? 権力振りかざされたうえに、それずっと見聞きするとか勘弁」
そう言うと、本当にマスターの気配すらしなくなった。
その後は、最初こそディスプレイされていた本とかを二人で見たりしていたけど。
かなり早い段階で、優冬くんのココアが恋しくなった私は我儘の甘えたがりで、あまりにも身勝手だ。
――約束をすっぽかされたことのモヤモヤが、こんなに一瞬で甘く消えてしまうなんて。