引きこもり婚始まりました
優冬くんのココアをベッドで飲むのは――正確に言うとベッドに座っている優冬くんの足の間に収まって飲むのは――何とも背徳感いっぱいの甘さだ。
「あ、笑った」
「……わ、笑うくらいするよ。拗ねた子どもあやしてるみたいに言わないで」
自分の部屋だったら、優冬くんの「おいで」がなかったら、ココアの染みができるかもとか思って、絶対にやらない。
「そんなふうに見えた? おかしいな。めぐのどこも、子どもだとは思えないのに。で? 何がおかしかったの」
何も悪いことはしてないのに、何だか隠れていたくなって――見つけて捕まえてほしくなる矛盾。
「美味しいなと思ったら、休みなのに無理やり開店してもらったのに、なんかマスターに申し訳なくて」
「申し訳なくて笑ったの? 悪い子」
もちろん、チェーン店とはまた違ったコーヒーも美味しかったけど、優冬くんのココアは格別。
「……家にいたらよかったな、って」
あれでよかった、とは思う。
でも、ここはすごくほっとする。
(本当に馬鹿……)
春来の言葉を信じそうになるなんて、どうかしてる。
こんなに優しい優冬くんの、何を恐れるの?
弟みたいな義弟になりかけたのを、私が自分で選んで男の人だと認識したのに。
「……外は、怖いことがいっぱいだよね」
「……ん……」
そうかもしれない。
ほんのちょっと前まで、平気な顔で外に出て仕事に行って、春来ともデートした。
何も躊躇わず、何の疑問も持たず、何の恐れもなかった。
その時の私には、それが生活だったからだ。
生きる為に必要なことなら、いちいち怖がってても仕方ない。
だけど、もしそれが不要になったら――……?
「特にめぐは、人がいいから。都合よく解釈されて、利用されやすい。君の長所で大好きだけど、今みたいに遅れてダメージ受けちゃうこともあるのかも。無理しないで」
「……そうだね」
そんなにいい性格だとは思わないけど、優冬くんが言うならそうなんだろう。
でも、その場しのぎでいい顔してるだけならたちが悪いし、優しいとは言わない。
「こら。俺の彼女、責めないの。少なくとも俺は、めぐの優しさに救われた。……春来のこと、言えなかったけど。だからこそ、ほんの少しでもめぐが喜んでくれることがしたかった。たとえ、俺から渡すことができなくても」
「……優冬くん」
その優しさにどうして気づけなかったんだろうと思うと、苛立ちと切なさが襲う。
「だから、今は最高に幸せ。……本当はね、あの日、めぐから言われて嬉しかったんだ。ごめんって言いながら、心のなかでは喜んでた」
『優冬がお前を騙せないわけない』
ほら、やっぱりそんなことない。
優冬くんの愛情は、こんなにも純粋だ。
「あ、そういえばさ。めぐのお母さんから、俺にも連絡あったよ。よかったら、今度二人で会いに行こう」
「よかったら」って、いつも私の気持ち優先しすぎて悪いくらいなのに。
「何て言ってた? 」
「それが、すごい謝ってもらってばかりで申しわけなくてさ。気にしないでって返したけど、ちゃんと会って言いたいな」
「……酷いこと、言われたと思うのに」
胸にくっつくと、まだちょっと驚く癖も直ってない。
それを見ると、私はまだまだ優冬くんを安心させてあげられてないんだなと痛感する。
「俺にも原因はあるから。ないとか言わないでね。……あるんだよ。春来よりも先に告白すればよかった。付き合ってすぐに奪えばよかった。無理だとしても、努力くらいすべきだった。……でも俺は、めぐに嫌われるのが怖かったから、止めないことを選んだんだ。怒って当たり前だよ」
「……じゃあ、さっさと二人で謝りに行こ。私も大分既読スルーしたから」
「えぇ……それは、めぐが先に謝った方がいいんじゃない。嘘。分かってくれてるよ。でも、どう考えても俺の方が緊張するから……パワーちょうだい」
軽いキスひとつで、また「優しいね? 」と。
でも、さっきよりはどこか妖しい色っぽさがあるなと思わせる一瞬の間を置いて、持ったままだったカップを取り上げられた。
「……こんな味なんだ」
「……そ、そうです」
不意を突かれるとなぜか敬語になる私に、掠れた低音で笑って。
「へぇ。……今後の参考の為に、もっと味わわせて」
この部屋に来てもう何度目か、掌で支えられた後頭部がそっとマットに沈んだ。