引きこもり婚始まりました
大丈夫。
もう、大丈夫。
「ああ、そういえば」
「……嘘くさいな、その今思い出したみたいな前置き。大方、それメインで呼び出したんじゃないの」
「まあ、待て。悪い話じゃない、恐らく。面倒ではあると思うけど」
「じゃあ、嫌だ。帰ろ、めぐ」
げんなりとして立ち上がった優冬くんを座ったまま見上げてると、その隙におじさんが少し早口で続けた。
「お偉方が二人に会いたがってるよ。元々、お前の方を推してる人たちもいたからね。この機会に、少し表に出てきたらどうだ」
「……え」
一番のお偉いのはおじさんなのはさて置き、そう言われるってことは優冬くんが期待されてるってことだ。
「大事な人を晒し者にする気はないよ。めぐがいてくれるのは自慢だけど、不快な思いはさせたくない」
今更だけど、隣にいるのが私でいいのかと不安になったのをすぐに酌んでくれる。
「それはそうだ。だが、お前がさせなければいいだろう」
「……っ、そんな……」
優冬くんに負わせるのは違う。
だって、私に同席を求められているのなら、寧ろ私が頑張らないといけないことだ。
「……分かった」
(……え……)
絶対に断ると思った優冬くんが、不敵な笑みを浮かべる。
そしてすぐに私の隣に腰を下ろして、甘い視線を私へと注いだ。
「どのみち、挨拶はしないといけない。あと、牽制もね。でも、めぐが最優先。そんなの待たせとけばいい。心配しないで」
「……でも……」
会いたがってる――つまり、急かされてるってことじゃないのかな。
この前のパーティーでのこともある。
優冬くんが一人で現れたら、あることないこと言われてしまうかも。
「一緒に会うよ。特にできることないかもしれないし、それどころか迷惑掛けるかも……で、でも、最低限恥は掻かせたくないから、何か対応策を……」
「……めぐ」
とはいえ、前回のことで場違いなのが想像以上だったことは否めない。
幸い……じゃないけど、すぐ帰ってしまったからボロの出しようもなかっただけだ。
「君といて、そんなことあり得ないよ。そんなに気負わないで。……ね、上に行かない? 俺の部屋、来たことあったっけ」
「中に入ったことはないはず……」
「じゃ、行こ。面白いものはないけど、ここにいると調子に乗っていろいろ注文してくるから」
手を引かれるまま、慌てておじさんおばさんに会釈して席を立つ。
そういえば、一緒に遊ぼうとドアの前で誘うくらいで、中に入ったことはない。
「さ、入って。……なんか、新鮮だね。めぐがこの部屋にいるの」
「う、うん……」
そう思うと、緊張してきた。
既に一緒に住んでるのに、この緊張は何からきているのか――探っている時は無意識だったのに、理由に気づいてから後悔した。
「……ずっと、妄想してた。あの頃から、ここにめぐがいてくれたらって。……ごめん、気持ち悪いね」
――あの頃は、春来といたから。
「……もし、かして……聞こえて」
(……私、何言ってるの……!? )
聞いちゃいけないことだ。
聞いて、今更どうにもならないこと。
それを知って、できることは何もないのに。
『……春来……』
『我慢しなくても、誰もいないって』
いつかの、若かりし頃の出来事。
断片的に蘇って吐き気がするのに、幾度となくフラッシュバックするのはそれが一度ではないから。
「……最低なこと言っていいかな。軽蔑されるかもしれないけど、ごめん。止まらない」
――今は、俺のものだ。
「玩具の取り合いみたいに言って、本当に最低だ。でも俺、本当にずっと……っ」
「今も、これからも。優冬くんだけだよ」
どんな思いで、春来の部屋の隣にいたんだろう。
私はどれだけ周りが見えてなかったんだろう。
ううん、周りどころか春来すら、優冬くんすら――……。
「……っ、ごめん……。今更こんなこと言われても困るのに。気まずいだけなのに、本当にごめん」
「謝らないで。確かに過去は変えられないけど、もう二度とそんな思いさせない」
今もこれからも、私は優冬くんといる。
そう決めたし、それを覆したくなるようなことは起こらない。
「……めぐ……。ありがと。やっぱり、めぐは変わらないね。こんな俺に優しい」
「優しさなんかじゃ……」
同情なんかじゃない。
好きな人といたいっていう、ここで言うのならそれこそ最低かもしれない。
「嬉しい。ここで春来と比べてもらえて、俺を選んでもらえるって幸せだ……」
「……ゆ、優冬くん」
後ろから抱きしめられて、首筋を唇が掠めた。
「……誰もいないよ。今、隣には。でも、もしいたとしても、この先も俺を選んでほしいから……」
――頑張るね。
「何を」も「何も頑張ることないのに」も確かに思ったはずなのに、すぐにかあっと上がり切る熱のせいでうやむやになっていく。
――これ以上どう、他と比べたらいいの。