引きこもり婚始まりました











夕食の後に片付けをしていると、のんびりしてたのを見ていたかのように優冬くんのスマホが震えた。
スマホを睨んでいる優冬くんの腕に、少し体重を預ける。


「仕事が早い……っていうか、めぐが俺と付き合ってくれて喜びすぎだろ」

「それもあるかもしれないけど、優冬くんとの仕事が増えそうで純粋に嬉しいんじゃないかな」


将来有望――ううん、ずっと優秀だった優冬くんが乗り気になったみたいで、おじさんも嬉しかったんだろう。


「今までやる気なかったからね。春来に任せるの、楽だったし……けど、この前のあれ、やっぱりまずかったみたいだから。春来離れ……っていうのかな。そんな感じみたい」

「……まあ、あれ見たら誰も関わりたくないよね……」


だとするなら、私こそ印象悪いんじゃないだろうか。
もう一人の王子様までたぶらかす、泥棒猫どころじゃない設定になってそうだし。
客観的に見て、そう間違いでもない。


「悪女の気分? 残念ながら、なれてないよ」

「……う、そ、そんな格好いいものにはなれないけど。でも……」


(……でも、毅然としてなきゃ。優冬くんが悪く言われる)


「大丈夫。めぐは被害者だって、あれでみんな分かってるよ。……それより、今日は本当にごめん」


帰ってきてからも謝ってくれたのに。
すぐに首を振ったけど、分かってないというように両肩をそっと掴まれた。


「だってめぐ、抵抗しなかった。……それどころかあの時、力抜いたよね」


『好き……好きだよ。本当にずっと、めぐのことだけ見てた。……こう、したかったんだ』


あの時、繰り返されるキスの合間に振り絞るような声でそう言われて。
確かに、ふと力が抜けた瞬間があった。


「あんなこと言われたら。……今付き合ってる男にああ言われたら、抵抗できなくなる……よね。好きでいてくれるなら尚更。そんなこと、すぐに分かったのに。……俺、ものすごく嬉しかったんだ」


(優冬くんは、付き合ってからずっとそうだ)


時々、私に対しての感情を「けして、持ってはいけないもの」みたいに表現する。


「普通の感情だよ。それに、気がついたらふっと力が抜けたっていうか、入らなくなったのもあるけど。怖かったとか、ましてや同情なんかじゃない。特に、抵抗する理由がなかったってだけだと思う」

「実家なのに? 」


そう。
まるで拒まれる前提だったように、優冬くんがすごく驚いた表情を浮かべてる間に、おばさんが様子を見に来てしまって。


「……そ、そうなるから。実家ではやめとこう」

「了解」


残っていたお皿を取ろうとした私から奪って、笑いながら戸棚の高い位置に仕舞ってくれた。


「……あ……」


カタンと戸棚を閉める音が妙に響いて、まだ耳からその音が消えない間にそっと抱きしめられる。


「そうだね。嫉妬や羨望は普通の感情。……でも、自分を好きでいてくれる人にあの台詞を向けてしまったら、無理やり襲うのと変わらない。そんなの分かってるのに、どうしても伝えたくなった。……ごめんね」

「謝ることない。私は嫌じゃないのに……」


往生際が悪い。
途中で苦笑する私に、きょとんとする優冬くんの視線が恥ずかしい。


「あの頃の優冬くんがどんな気持ちだったんだろうって……私が辛くなるのは間違ってるけど。でも、ずっと好きでいてくれるのも、今求められるのも嬉しい。だから、謝らないで」

「……めぐ」


私にできるのは、これからの優冬くんを幸せにすることだけ。


「そんなこと言われたら、ずっとこうしてたくなるけど。……いいのかな」


――ずっと、引きこもってても。


「……受け入れてくれてありがとう。これまで以上に、絶対に大切にする」


これ以上大切にされたら、私は馬鹿になっちゃうんじゃないだろうか――そんなちょっとした不安すら、いつの間にかぼんやりしてきた頃。
今度は私のスマホが鳴って、しばらくしても切れずにそれが電話だとうるさく主張していた。

――春来からの。











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