引きこもり婚始まりました
ビクッとしたのが着信音のせいじゃなく、少し経っても切れないのを不審に思って相手を確認した時だったことも優冬くんにバレたと思う。
「切るね」
いつも連絡取り合ってるみたいで、優冬くんに嫌な思いさせないかな。
ううん、嫌でしかないとは思うけど、連絡先削除したりブロックなりした方がいいかもしれない。
「…………」
「……俺が出ようか? 」
切られた直後に架け直すなんて、さすが春来だ。
正直出るのも面倒だし、優冬くんにそう言われて断る理由もない。
大人しくスマホを渡すと、優しく頭を撫でられた。
「用があるなら、俺に架け直して。めぐが怯えてる。……切るよ」
有無を言わせず切った直後、今度は優冬くんに架かってきた。
「え、本当に架けてきた。先に部屋に行ってていいよ。お風呂入っててもいいし」
「ん……ありがと」
お言葉に甘えて、先にお風呂にしようかな。
余計なことは考えたくない。
温まったらきっと心に余裕ができるから、優冬くんが話したそうだったら何の電話だったか聞いて。
それから、優冬くんに会いたがっているというお偉いさんのことを教えてもらおうかな。
気にしなくていいって言われても、優冬くんが言ってたみたいに「付き合いたての彼女です」で通らないのなら、やっぱりちゃんとしてたい。
ううん、そんな紹介じゃ私自身が嫌だから――……。
(……って、あ。馬鹿だ)
パジャマとか準備するの忘れた。
仕方ない。なるべく聞こえないように、さっさと通り過ぎて――……。
「嵌めたって、どうやって。春来の素行の悪さを、俺がどう計画できるっていうの」
――なんて、無理だ。
「俺、人前に出るの好きじゃないし。そういうの、率先してやってたの春来の方でしょ。お互いそれでよかったのに、こっちだって迷惑なんだけど。……まあ、今回は遥かにメリットが大きかったからね。めぐといる為なら、喜んで親孝行するよ」
『春来離れ……っていうのかな』
仕事のことはよく分からないけど、立ち位置が危なくなってるってことだろうか。
もしかして、二人のご両親が破断になってすぐ優冬くんを勧めてきたのは、これが理由だったりするんじゃ。
春来離れというより、醜聞を拡大させない為の春来「降ろし」……?
(……まさか)
考えすぎだ。
でも、わざわざ優冬くんに架け直すなんて、春来自身はそう思ってるのかもしれない。
「……浮気なんてしないで、めぐを大切にしてたらよかった話でしょ。俺がめぐをずっと好きだったことは知ってたくせに。まさか、めぐが俺に靡くなんて思わなかった? 俺の前で、想い続けても無意味だってアピール、散々してたもんね」
そうだ。
仮に打算的な何かがあったのだとしても、それがなければ始まらなかったし終わりもしなかった。
「大切にしてたらよかっただろ、って。確かに見せつけられて悔しかったし、死ぬほど辛かった。でも、同じくらいかそれ以上に、めぐに酷いことされて腸が煮えくり返ってる」
優冬くんのひたむきな愛情に触れるたび。
普段こんなに甘やかしてくれるのすら、その愛情のほんの側面だと思い知る。
「狂信的って。でも確かに、お姫様……っていうより女神様かな、めぐは。……あんなふうに汚されて、許せるわけないだろ」
恥ずかしいとすら思えなかった。
だって、優冬くんはちっとも笑ってなくて、あまりにも真顔で。
本気でそれが当然だと、信じて疑わない顔だったからだ。
「とにかく、今後は俺を通して。なんでって、だって。萌は俺の婚約者だからだよ。……もう、お前のじゃない」
何を言っているのかまでは分からなくても、何となく電話越しに喚いてるのが分かる声が止み、静寂が訪れる。
気圧されているんだ。
あの春来が、あの優冬くんに。
(……幼馴染み……)
なんて、歪な関係。
正面から見たほんの一部だけを信じてたのは、いつから私一人だったんだろう。