引きこもり婚始まりました
改めて、私はすごい人と結ばれたんだなと、早めのお風呂上がりに思った。
バスルームを出るまでの間に、何もかもムード満点になっていたからだ。
「……やりすぎたかな。いくらめぐが好きそうなものっていっても、詰め込みすぎだよね」
お花も、甘い香りがするキャンドルも、ワインも。
穏やかなBGMも、全部この短時間で優冬くんは揃えてくれた。
一体どうやったのか、一般人には想像もつかない。
すごい人に好かれて、大切にしてもらえてるんだなとつくづく思う。
「ありがとう。お姫様にでもなった気分」
「これくらい、全然。めぐはそもそも、女神様みたいな存在だし。喜んでもらえるなら、いくらでもするよ」
「……な、なにそれ」
(この前もそんなこと言ってたけど……)
女神なんて畏れ多くて、いまいち照れることもできない。
「……女神様だよ、本当に。恩人だし、尊敬してるし……こんな俺が触れるなんて、許されないって思ってた」
「そ、そんな。何かできた記憶ないし、優冬くんの方がしっかりしてるし。そんな崇高な存在になれるような出来事なんて絶対ないけど」
一体何を見てそう思ってくれたんだろう。
しばらく一緒に暮らしてみて、印象が変わりまくったんじゃないだろうか。
よく幻滅しないでいてくれたな。
これからたくさん、後悔させてしまったらどうしよう。
「がっかりさせるって思ってる? 絶対にあり得ないよ。めぐがここに来てから、ますます好きになるしかないのに」
「……どうして? 」
私の思考なんてお見通しで、そのうえで私がどう反応するか待ってくれて。
きっと、どう返すにしろ、優冬くんは甘く囁いてくれるんだろうな。
「先に乾杯しようか。長話になるかもしれないし」
そう椅子を勧められてハッとした。
私なんかを女神だなんて呼ぶってことは。
他に救いがないほど、辛かったのかもしれないって。
「そんな顔しないで。どっちにしても、プロポーズの前に言うつもりだった……って、あ。言っちゃったや」
優しい嘘に泣きそうになる自分を張り倒したい。
今にもまた自分で頬を張る気配があったのか、
「嘘じゃないってば。……そうだね。それ自体は、あんまり楽しい話じゃない。でも、だからこそ、今が信じられないくらい幸せだって感じる。きっと、春来みたいに自己肯定感高くて、何でも上手くいってたら、ちょっと違ったかもしれないから。だから、今は少しも辛くないよ」
まるで、今辛いのは私みたいに。
お酒が必要なのは私だって、グラスに注いでくれた。
「春来は目立つけど、子どもの頃からそれなりに力はあったから。立場は同じなのに何もかも逆の俺は、格好のターゲットだったんだよね」
「……あ……」
そうだ。
私ですら、何度か遭遇したことがあった。
「うん。めぐだけは、いつも助けてくれた。男のくせにとか、泣かないでとか頑張れとか言わないで……いつも一緒にいてくれたよね。だから途中から、そう嫌でもなくなってきて。めぐが大好きだって自覚したら、寧ろ楽しみにしてたくらい。……その時は、春来なんか眼中にないって感じで、俺のところに駆けつけてくれたから」
どう励ましていいのか、分らなかっただけだ。
子どもながらに優冬くんの状況は特殊だと、薄々察していた。
『もう少し、一緒にいてくれる……? 』
ただ一緒にいるしかできない私に、いつも優冬くんはそう恐る恐る尋ねて。それから、必ず――……。
『兄さんが来るまででいいから。……まだ、行かないで……』
(……あれは……)
あの頃から、既に私は意味を取り違えていた。
「春来が来たら、めぐを返さなきゃいけない。……違うね。めぐも春来の方に行っちゃうから……せめて、兄さんがいない間は」
――俺といて、って。女神様にお願いしてた。