引きこもり婚始まりました





薬指に通っていく、ほんの数秒。
なぜかとても見ていられなくて目を瞑ると、肌に触れる金属と恐る恐る触れていく優冬くんの指の感触の対比が狂おしく、息が止まりそうになる。


「……綺麗」

「気に入った? よかった。めぐの好みは把握してるつもりだけど、不安だったから……そう言ってもらえて、すごく幸せ」


でも、息を止めていたのは優冬くんの方だったかもしれない。
「はい」という返事の後、完全に薬指の付け根で指輪が留まった後。
抱きしめてくれないのかなと、不安そうにしているらしい私の顔を見た後も、少し反応がなかった。


「そんなことで幸せにならないで。優冬くんは、もっと欲張ってもいいよ」

「分かってないな、めぐは。俺は、ものすごく欲張りだよ? ……手に入らないものだけ、狂いそうなくらい欲しくて欲しくて……諦められなかったんだから。それに、今だって」


ある種、異様かもしれない。
ここまで誰かを喜ばせることができるって、きっと他にはない。
少なくとも私は、春来はもちろん友達や家族だって優冬くんの他にいないし、逆にここまでのことをしてあげられた人もいないだろう。


「もっと、ってなってるよ。めぐは俺を選んでくれた。近いけど遥か上にいた女神様が側に来てくれて、俺に男として側にいさせてくれて。それだけでもすごいことなのに、俺はもっと欲しいのをもう抑えるつもりすらないんだ」

「……と、とにかく。その、め……はやめよう。そんなのいないし、別にすごくないから」

「俺の世界にはいたの。それに今……」


――こうしてても、そう思うしね?


「そ、それこそ盛大に間違ってる……! 」

「え、抱くたびそう思ってるけど」


幻想だ。
きっと、急に婚約して付き合うとか、そんな展開がもたらした幻影。
何にしてもそんなこと言われてしまうと、他意はないと知りつつ、女神には不足している胸と余計なお腹周りが気になって仕方なくなるから、その口を塞ぐかこの腕を離してほしい――……。


「……本当はね。それすらも、きっとめぐの優しさや寛容さから来てると思ってた。めぐ自身が愛情だと錯覚してるかもしれなくても、それでもいいから俺は利用するつもりだった。めぐの気持ちがどうあれ、俺は絶対にめぐを大切にする。……幸せにするって。すごく勝手で、歪んだ思考だ。分かってるんだよ、自分でも」


優冬くんはそのどっちもしてくれなかったけど、後ろめたそうに告白され、パニックは少し解消した。


「……でも。恥ずかしいからあんまり思い出してほしくないけど、どっちかというと襲ったの私ですけど」

「そうだった。一生懸命誘ってくれるの、可愛かった」

「……かなり脳内で美化されてる気がするけど、嬉しかったんだよ。だから、一人で悪いことしてる気分にならないでほしい。私は……そ、その。幸せだし……」


優冬くんこそ、優しい。
本人に言われたとおり、喜ばせたいっていうのが伝わってきて――抗うことも、その必要もないほど愛されてしまう。


「ほんと……? 嬉しい。じゃあ……もっと、俺に幸せにさせて。別に、春来や他の男が乱暴したとは思わないけど……というか、そんなことしてたら許さないけど。春来が乱暴だったんだって思うくらい、俺が優しくしたい……」


確かにそれは、歪んだ発想だ。
でも。


「……ありがと」

「ううん。俺がしたいこと、してるだけ。それで君が……」


私は幸せだ。
それは疑いようがない。

髪を耳に掛けられて、自然と顔が上を向く。
春来みたいに、やや強引に頬を固定されるのは荒かったのかもしれない。
まるで黒目の奥に意思を尋ねるみたいに、キスの直前まで見つめてくる瞳に羞恥を煽られれば、逃さないと言わんばかりに抱いてきた別の腕は、そういえば乱暴だったのかもしれないと――……。


(……指輪、返さなきゃ)


まるで記憶を塗り替えられるような、優しくて甘くて――執拗なほどの愛を与えられながら。
最後に理性的に考えられたのは、仕舞ったままだったもう一つの指輪の行方だけ。













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