引きこもり婚始まりました
実をいうと、かなり悩んだ。
小包にして送ってしまおうかと、直前まで思ってたし。
「律儀だよな、お前。俺の話は聞くつもりないくせに、わざわざ会いに来るとか。場所がここだったのは、どっちに対して気を遣ったの」
場所こそ、大問題だった。
カフェでもよかったけど、何だかデート感が出てしまいそうで――他人から見て、ほんの僅かでもそう見えるなら適切じゃないと思った。
とはいえ、まさか春来の指定するままの場所で会うつもりは毛頭ない。
「会いに来たんじゃない。指輪返しに来たの」
「二個は邪魔だった? 」
二人の実家だったのは、二人きりにならない為だ。
優冬くんに、これ以上春来のことで傷ついてほしくないから。
「……そうだね。私が大事にできるのは、ひとつだけだから」
おばさんがお茶を淹れてくれて、チラリと春来に視線を送った後、退出する。
きっと近くにいてくれるんだろうなと思ったのは私だけじゃないようで、春来が呆れ顔で笑った。
「捨てるとか売るとか、すればよかっただろ。不器用なやつ」
「……高かったって言ってたじゃない」
そんなことを気にする春来じゃないって、分かってる。
ただやっぱり、礼儀は通したかった。
貰った時は嬉しかったし、捨てるにしても売るにしてもしたくはなかった。
「まあな。でも、言っただろ。お前用なんだから、惜しくない。……あんなに悩んだのも、初めてだったしな」
「……え……」
悩んだ。
指輪を?
春来が……?
「さすがに、そこを優冬に任せたりしないよ。……だから、すごい心配だったけど……喜んでくれてほっとしたし、嬉しかった。だから……」
不自然に途切れたのを、促す勇気はなかった。
春来らしくなく、妙に穏やかに苦笑して首を振るから。
今更それを言うべきじゃないと春来が判断したのなら、私は気づかなかったふりをするべきだと。
「……まあ、いい。じゃあ、しょうがないから返されとく」
「……うん」
テーブルに置かれた箱を手繰り寄せるついでとばかりに、春来は側にあった自分のスマホのロックを解除して――……。
『それはいいけど、優冬には本当に気をつけろよ』
メモにそう入力して、画面を見せてきた。
「……っ……」
息を呑んだんじゃない。
言い返そうとしたんだ。
上手く声になる前に、春来が唇に人差し指を当てた。
『薄々気づいてるだろ。あいつの愛情が異常だって。お前が優冬を好きでいるうちはいい。でも、お前が離れると思ったら、それこそ監禁でもしかねない。心配なんだよ』
「……で、どうなんだ。式にはもちろん出てやるよ。話進んだら教えて」
「……祝福されるなんて、気持ち悪いな」
間が空くと怪しいから、文字を目で追いながらも普通に話せと促してくる。
(……何なの、これ……)
「祝福なんてしてない。今からでも考え直せって言いたいけど、言える立場じゃないのは分かってる。……本当にごめん」
「……それは、もういいよ。ただ、優冬くんに、いろいろ言うのはやめてほしい」
「萌は一人しかいないんだから、兄弟仲良くは無理だろ。そんなの、昔からずっとそうだった。これからも変わらないだろうな。俺だって、あの日からずっと後悔してる。指輪、俺が選んでもあんなに喜んでくれたのに……今までも、そうしておけばよかったって」
何か物が欲しかったんじゃない。
確かに好みじゃないこともあったかもしれないけど、好きな人が気に掛けてくれたこと自体が嬉しかった。
「失敗しないと、お前のことも知れないのにな。……お前のことで失敗するのが、どうしても嫌だったんだよ。まあ、優冬を牽制する意味もあったけど」
「……終わったことだよ」
もう、過ぎたことだ。どうしようもない。
今春来の気持ちを聞いたとしても、私にできることは何もないから。
『俺じゃなくてもいい。萌に幸せになってほしいから、優冬は勧められない。もう一回、考えてみて』
どうして、筆談なの。
それじゃ、まるで――まるで。
――この会話を、優冬くんが聞いてるみたい。
「あっそ。ま、俺はもう世間体とかどうでもいいし。恋しくなったら、いつでもどーぞ」
「……有り得ないから」
盗聴なんて。妄想も甚だしい。
なのに、どうして。
『馬鹿。もっと、いつもどおり言い返せよ』
――軽い口調で言った後、そんなメモを見せたりするの……?