引きこもり婚始まりました













(……疲れたな)


優冬くんの部屋に戻るまでの道のりが、果てしなく遠く感じられた。
ぐったりというか、虚無感みたいなものが身体の内側から侵食していく感じは、春来の浮気を問い詰めた時よりも酷いかもしれない。


(ずっと、ふんぞり返っていてくれたらよかったのに)


自分の主張を押し通すんじゃなく、急に優しくなったりするから調子が狂う。


(……優しさ……)


春来だって、優しくないわけじゃない。
面倒見だっていいし、私にだってもちろん優しかった。
あの様子だと、本当に私が元婚約者でも幼馴染みじゃなくても、心配して止めてくれたんだとは思う。

でも、間違いだ。

当然、春来は私よりもずっと優冬くんのいろんなところを見てきてるんだろう。
だとしても、優冬くんがそんなひどいことをするはずない。


『監禁でもしかねない』


――ひどいことなんて、絶対。


「……めぐ……」


家に帰ると、優冬くんが何も言わずに出迎えてくれた。


「ごめんね。ちゃんと説明もしないで」

「……LINE見てびっくりしたよ。すごく心配だった」

「ごめ……」


玄関先でぎゅっと抱きしめられて、咄嗟に謝ろうとしたけど続きは言わせてもらえなかった。


「いいんだ。俺の為……だもんね。なのに、責めるみたいに言って、俺こそごめん。めぐの、そういう真面目で優しいところも好きなのに」


やっぱり、優冬くんがいる時に説明してから出かければよかった。
言えなかったのは、何となく疚しさがあるから……?


「めぐは、何も悪くない。俺が自信ないからだよ。戻ってきてくれなかったらどうしようって不安になるのを君に当たるなんて、本当にごめんね。それに、ありがとう。帰ってきてくれて……俺の方を残してくれて」

「当たり前だよ」


私の左手を取って、そんなことを言うから。


(違う。これ以上、不要な心配はさせたくないだけ)


「たとえ、春来がもう浮気しないとしても、私は優冬くんだけだよ」

「……っ、うん。うん……そう、だよね。めぐは俺の婚約者だ。……っ、めぐ……」


春来へのコンプレックスは、こんなに短期間では消えない。
今後だって、完全になくなるのは難しいかもしれない。
それでも、たとえ一時的だったとしても、優冬くんだけだと繰り返して伝えていけたら。


「私の好きな人は、優冬くんだから」


今の「婚約者」は、何だか形式的に聞こえてしまって、思わずその唇を塞いでしまっていた。


「……ごめん。疑ってるわけじゃないんだ。ただ、今の幸せが失くなるのが怖くて。大丈夫だった……? 」

「うん。ちゃんと返してきたよ」

「それも怖いな。春来のやつ、よく大人しく返されたよね」


そう言われたら、そうかもしれない。
確かに不安は残るけど、私と優冬くんの関係性に春来の気持ちは影響しないから。


「返せなかったら、捨てるだけだもん」


あれはもう、私が持っていていいものじゃなかった。
会って返せなかったら送り返したし、それでもダメなら処分した。それだけのことだ。


「もし、優冬くんが私を嫌になったとしても、春来のところに戻るなんてあり得ないから。心配しな……ん、……」


春来との復縁は100%ない。
それをどうしたら一番伝えられるか考えてその表現になったけど、今度は私の唇が塞がれてしまった。


「それこそ、あり得ない。どうやったら、めぐにもっとここにいたいって思ってもらえるか、そればかり考えてるのに。これ以上、どうしたらいいか分からなくて焦ってたけど、これだけは言える」


――側にいてくれるなら、俺にできないことはないって。


「何でも言っていいよ。めぐの為なら、何だってしてあげる」


『薄々気づいてるだろ。あいつの愛情が異常だって』


「本当に何でもできるんだよ。昔は難しかったことでも、今なら何だって。大人になるまで待ってよかったって、今ではそう思ってる」


『お前が優冬を好きでいるうちは……』


「だから、俺を好きでいて。もっと、好きになって。お願いだから……」


泣いているみたいな震える声で繰り返される、「お願い」。
子どもの頃の優冬くんを少し思い出したけど、それよりもずっと甘さも色気もありすぎていて、気が遠くなりそう。
何せこのお願いは、耳朶にも耳奥にも直接されてしまうのだ。
か細いのに身体の芯にズンッと響くような声は、お願いというよりは呪文のよう。

――唱えられるたび、春来の忠告が何だったか思い出せなくなる。











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