引きこもり婚始まりました








どうしてだろうな。
カフェテリア、しかも社内にあってテイクアウトと呼べるのかも疑問なコーヒーと軽食。
優冬くんにとっては、自分のものを渡されたとも言える差し入れだったのに。
ふわりと笑ってくれるのは、本当に心から喜んでくれるのが伝わってくる。
それを見た私こそ嬉しくなって、同時に何だか申し訳なくなってしまうのは。

罪悪感――ううん、そうじゃない。
こんなことで、そんなにも喜んでくれるのが切ないんだ。
そんなことすら、以前はできてなくて――優冬くんにとってはこれが何てない出来事には分類できなくて。
もしかしたらまだ、非日常とすら言えるのかもしれないと、あの笑顔を見ると痛感するからだ。


「めぐ……? 」


優冬くんの車の助手席。
ぼんやりと窓の外を見ていると、信号で停まったタイミングで名前を呼ばれた。


「疲れちゃった? みんな、めぐと話したがってたもんね。相手するだけでも大変なのに、俺のことまで手伝ってくれたし」

「あ、ううん。ずっとリモートだったから、外出だけでもちょっと疲れたのかも。でも、慣れていきたいし、楽しかったから平気」


しまった。
そこは「うん」でよかった。
別に大したことじゃないのに、何を後悔しているの。


「何か買って帰ろうか。甘いの? それとも呑みたい気分? 」

「よく考えたら私、食べるしかしてないのにね。それに、そんなにいつもいつも買ってくれなくても……」

「……ううん」


ああ、まただ。
また、その幸せそうだけど、泣きそうにも見える愛情からできたとしか思えない優しい笑顔。


「言ったでしょ。俺といることで手に入る副産物は、全部味わってほしい。それがめぐのものなのは当然で、何かの気休めにでもなればいいなって思うのは、俺の我儘だけど」


――それでも、受け取ってほしい。


「優冬くんといることで得られるものは、優冬くん自身から貰えてるよ。甘いのも、十分」

「嫌なことも、面倒なこともあるんだよ。だから、メリットは最大限受け取ってほしいし、利用してほしい。……それに、甘いのはね」


信号が青に変わって、少し進んだ先で停車させたのを不思議に思う間もなく。


「……ダメ。こんなんじゃ、全然贈り足りない……」


ただ、キスをする為なんかで道端で車を停めてしまうのは迷惑で――なのに、抗う気持ちが沸き起こらない私もはた迷惑で我儘な人間で。
それはつまり、メリットとやらを受け取っている最中なのだ。


「……ん……」


甘いだけなら、まだよかった。
どこか媚びるような甘ったるさが自分の喉から聞こえて、今頃優冬くんの胸を押し返す。


「……やだ。もうちょっと……さすがにここでは襲わないから、キスくらい許して」

「……な、ここ……お、往来の皆様に迷惑……!! 」


私よりも遥かに可愛い甘えた声で強請られたけど、さすがに日中、いや、夜間でもあれだけど、こんなところで……いや、車中ってだけで、いろいろあり得な――……。


「……帰りたい? 」

「……………か、帰りたいです」


ぷっと吹き出したいのを我慢して、妖しく尋ねるのを優先したみたいな微笑。
素直に肯定すれば、これもまた演技というような拗ねた顔をしてみせた。


「仕方ないな。でも、拒まれた理由が“往来の皆様”ってとこが可愛いから、可愛さに免じて我慢してあげる」

「……優冬くんのセンサー、変すぎるよ」


爆笑されるからともかく、可愛いと思える感覚が謎だ。


「残念ながら、そこはごく普通。だって、部屋に戻ったらいいよ、って聞こえたから。聞き間違いだったらごめんね」

「……っ、そ、そんなこと。で、でも……」


――言ってないけど、合ってる。


「聞き直してあげる気ない。ごめん……」


その謝罪は、何に対してだろう。
結局キスされてしまったことか、深くはなくても軽くもなくて――やけにゆっくり、しっとりと重なってなかなか離れてくれなかったことか。
それとも、家に帰り着いた後のことを前もって警告されてるんだろうか。


(……恋は盲目、か)


瞼が完全に落ちる寸前、熱と色気に塗れた優冬くんの目が一瞬だけ私の頭の後ろ――窓の外へと視点が逸れた。
まるで誘われたみたいについ、その点と線を追ってドクンと心臓が跳ね――冷えたような熱すぎるような、妙にドクドクと打つ音が脳で響く。


(……とむ、らくん……? )


――ショックだったのはもちろん、彼が女性と楽しそうに歩いてたからじゃない。
その過程を頭が勝手に想像して、最低な結論に至りそうになったからだ。









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