引きこもり婚始まりました






戸村くんが彼女と歩いていた。
そんなの、別に普通だ。
そもそも彼女だったか不明だし、同僚や友人、家族の可能性だってある。
それくらい私は彼のことを何も知らないのだから、余計なお世話にも程がある。


(……告白されかけたのは、やっぱり勘違いだったのかも)


そんなことを思うのも。
彼女だったとして、告白されそうになったのも事実だったとして、だから何だと言うんだろう。
この場合、心変わりが悪いわけじゃないどころか、正解なのだ。
私が応えられることは何もないし、それなら早く気持ちを切り換えた方がいいに決まってる。


「元気ないね。やっぱり、何か嫌なことされた? 」

「あ……そうじゃなくて。覚えてる? この前、約束したのに来てくれなかった人」


でも、何かどこかがモヤモヤして、家に着いてもぼんやりしていたみたい。
ものすごく心配って顔で覗き込まれて、素直に言うことにした。


「もちろん覚えてるよ。彼女と歩いてた……って、え、さっき? だって、つい最近でしょ。めぐに告白したいって言ってたの。確かに来なかったけど、それはそれで失礼だし」

「うん……でも、来てくれてたとしても返事は決まってるし。よかったなって思って……それも勝手だなって」


思い出せば思い出すほど、あれは単なる同僚や友人、ましてや家族じゃあり得ない気がしてきた。
何となくというと矛盾するけど、そう確信できる雰囲気だったから。


「めぐは優しすぎるよ。それにしても、信じられないな。そんなにすぐ、次ができるもんなんだ」

「優冬くんほど一途に想える人って、なかなかいないんじゃないかな。まあ、あの日連絡くれたらよかったのになとは思うけど。結果的に、お互いこれでよかったよね」


よく分からないけど、きっとこれが最善。
元気そうな姿を見れて、病気や事故じゃないことが判明したし。


「そりゃ、その程度の気持ちの奴に絶対に負けないけど。……大丈夫? ショックだったんじゃない……? 」


気遣わしげに優冬くんの指が頬を滑る。
正直、何だかなと思うのはあるけど、ショックというのとは違う。


(……じゃあ、これは何……)


「俺に気を遣わなくていいよ。めぐだって悩んだのに、傷ついて当たり前だ」

「……返事に変わりはないから、悩んでない」

「はいはい。そうだね、めぐは俺が大好きだから。でも、どうすれば簡潔に後を引かずに伝えられるかとか、傷口を最小にするかとか……きっと、相手のことを考えてたと思うよ」


ふわっと。
くしゃっとにはならない程度に目が細くなり、唇は弧を描く。
そして元の目の形に戻ったと思ったら、私の黒目が射抜かれてすべて曝け出されてしまうような視線へと変わる。


「……というより、優冬くんをそんなことで傷つけたくない、の方がずっと大きいよ」


優冬くんのことしか、考えてなかった。
事実だけど言い訳じみて聞こえる言葉に、優冬くんはまた優しく笑って。


「分かってる。何も心配してないよ。でも、そんな男にめぐが騙されなくてよかった。俺が勇気出さなかったら、あいつと会うくらいはしてたかもしれないし。そしたら、めぐは優しいから次のデートくらいはしてあげたかも……」

「考えすぎだよ。もし他に誘われたとしても、優冬くんじゃなかったら、さすがにそんな気分じゃなかったと思う」


心配してないといいながら、ものすごく心配性だ。
おばさんの突飛な提案に押されたのもあるけど、ここまで発展したのは優冬くんが――……。


(……え……? )


「……そっか。だったら、嬉しいな。めぐが、他の男にとっても女神様じゃないなら」

「……そ、そんなこと言う人、優冬くんしか出てこないから」


よかった。
しどろもどろにはなったけど、本当に引っ掛かったところはそこじゃない。


(……“あいつ”……? )


少し、そぐわない呼び方だとゾクリとしたのだ。

――話を聞いただけで、会ったこともない相手を呼ぶには。










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