引きこもり婚始まりました





――これでよかった。
戸村くんは、正しい選択をしてくれた。

選択も何も、ただ自然の流れでそうなったかもしれないのに、優冬くんに口づけられながら何度もそう思った。


「そんな薄っぺらい愛情で、めぐを手に入れるなんて許せない。めぐはこんなに最高なのに、傷つけたり大事にできないなんて。そんなの許されるわけない」

「……ん、……げ、さだよ」


大袈裟だって、過剰な褒め言葉は居たたまれないって抗議しても、優冬くんはきょとんとするばかりで。


「どうして? めぐは、そんな扱いを受けるべきしゃないよ。……俺ね、気が狂いそうだった。めぐが悲しむたび、俺も辛かった。春来はそのなかでも最悪だったけど……ある意味、今までで一番相応しいとも思ってたんだ。だって春来なら、他に比べてめぐにあげられるものが多いはずだから」


そうだ。
私だって、何も春来が初めてなわけじゃなかった。
その時だって春来はもちろん、優冬くんに何か言われた記憶はないけど――……。


「あの頃は、誰よりも俺がめぐに相応しくないと思ってたから。止める勇気もなかったし、立場でもなかった。でも本当に……君が誰かに傷つけられるのを見て、信じられなかった。めぐに、そんなことしていいわけがないのに……」

「……っ、ゆ……と」


普通の嫉妬に見えて、支離滅裂だった。
子どもの頃から見てくれていたということは、当然春来の前に付き合った人がいることも優冬くんは分かっていて。
ケンカして怒ったり、振られて泣いたり――当の私がすっかり忘れてしまったことも優冬くんには耐えられない出来事だったのだろうか。


「もっと早くこうするべきだった。こうできるように、俺がもっと努力するべきだったんだ。そうしたら、めぐに酷いことする奴なんか近づけなかったし、寄って来ても排除できたのに……俺、何やってたんだろう」


唇が重なるたびに高揚していくのか、物騒な表現を呟かれて身震いするのに。


「あいつも春来も、他の男たちも。めぐを大切になんかできるわけなかったのに。何もしないで任せようとしたの、いくら悔いても悔やみきれないよ」


――熱くなる私は、どうかしちゃったの。


「優冬くん……」

「ごめんね。いっぱい傷つけたよね」


どうしたら伝わるんだろう。
何とか言葉にしなきゃと思うのに、口内は受け入れるのに精一杯で、問題なのは押し返すつもりがちっともないことだった。


「気づかなくてごめんね」


それほどの想いに、他人が異常だというレベルになるまで気がつかないなんて。


「優冬くんは優冬くんのままでいいのに。無理させてる……? 」


私は確かに、優冬くんを好きになった。
事実だし、知らないでいた方がよかった何かを知ってしまったからといって、変わるほどの浅い気持ちでは既にない。


「痛かった……? ごめん、優しくするって言ったのに。……違う? そっか。また俺の為に泣いてくれるんだ。本当に優しいんだから」


そうじゃないと首を振っても、きっと分かってもらえない。
涙を拭ってくれる優冬くんは、ただひたすら愛しいものを見るような視線を湛えたまま、意味の通じない返事をして。


「ありがと。でも、俺が頑張るのは当たり前なんだよ。めぐっていう唯一の存在といるのに、何もしないなんて。春来含め、今までの奴らがおかしいんだ」


『女神様だから』


(……ああ、そっか)


「そのせいで、めぐの感覚は麻痺してる。それが普通だって。そんなものだって……でも、違うって、俺が教えてあげる。これからゆっくり、俺に慣れて……」


――あれは、単なる美化や愛情表現じゃない。

どんなに不思議で納得がいかなくても、彼のなかでは女神なんだって。
優冬くん自身が、誇張でも比喩でもなく本気でそう思ってるらしいのだと。

そっと撫でられるだけで恥ずかしく隙間ができる唇を、愛しそうに見つめられながら――やっと、理解した。











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