引きこもり婚始まりました






『めぐは、もっと大切にされるべきなんだよ』


快感とともに耳から脳に直接教えるような囁きに、まさか自分が女神やお姫様だと錯覚することはないけど。


「好きだよ。好き……」


その合間に聞こえる「好き」と「俺に守らせて」、「大丈夫だからね」は延々頭の中で繰り返され、優しく優しく触れられるのもあって、優冬くんとここにいれば「大丈夫」だとすごくほっとした。
「何が」大丈夫なのか、優冬くんがいないと何が危ぶまれるのか、そこはぼんやり薄れていくのにおかしなことだ。


「……ん……」


(……はい、じょ……? )


さらりと言われた言葉の意味を考えようとして、必死に理性と常識を取り戻そうとするけど上手くいかない。


「大丈夫だよ。そりゃ……ね。都合のいい時だけ甘いこと言っておきながら、結局めぐを大切にしないなんて俺としては生ぬるいことしたくないくらい腹立たしいけど……めぐが悲しむことはしたくない。君のことは分かってるから、安心して」


私のことは何でも分かってくれる。
それは、優冬くんが――……。


「正直に言うと、良からぬ考えは芽生えたけど。この前偶然(・・)、駅の階段ですれ違った時とか。でも、春来に押さえ込まれてた気持ちは痛いくらい分かるし。別れてチャンスだって思っちゃうのも、めぐの優しさにつけ込みたくなるのも理解できるし。だから、代わりに俺がチャンスをあげたんだ」


――優冬くんが、何をしてるから……?


「嘘吐いてごめんね。怒った……? 」


首を振ったのは、嘘じゃなかった。
優冬くんに見つめられて、怒る要素を見つけることができなくて。


「ありがとう。できれば、めぐに心配掛けたくなかったけど、めぐは人のことに敏感だし賢いから。バレるとは思ったんだけど……ごめんね」


(……きっと、そっちの方が嘘だ)


優冬くんは、敢えてバラした。
あの時、運転席から私の視線を窓の外へと誘導して。
戸村くんは――ううん、優冬くん以外の人はみんな、こんなことで諦められる程度の気持ちなんだって、私に教える為に。


「……必要なかったとは思う。でも、何にしても選んだのは戸村くんだから。それに、それでよかったんだって気持ちは変わらないよ」


どういう経緯でそうなったのか、詳しく聞くつもりはない。
言わずとも分かってしまう、あの女性と優冬くんは何かしら繋がりがあるんだろうこと以上には、知らない方がいい。
だって、私は優冬くんから離れるつもりはないから。


「そうだね。君は、俺を好きでいてくれるから。でも、だからこそ、俺にできることは何でもしてあげたいし……できないことって、そうそうないから」


謙遜でも、オーバーでもない。
甘い微笑なのに、目の奥は笑っていないのが証拠だ。


「でも、誓ってめぐが悲しむことはしてないよ。手筈は整えたけど、俺の思惑どおりと知りながら、乗ると決めたのはあいつ。……その、程度」


最後は、最早独り言に近い呟き。


『お前が優冬を好きでいるうちは……』


(……そこだけ、きっと当たってる)


癪だけど、今になって春来の言ったことが腑に落ちた。


――優冬くんを好きでいれば、私はきっとものすごく幸せなままだ。






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