引きこもり婚始まりました
上質なドレスは肌触りが良くて、どこかひんやりと冷たかった。
ううん、ドレスなんてみんなそんなものだ。
おばさんと母に見守られながら試着して、喜ばれて、今から泣きそうになってるお母さん二人に笑いながら。
内心、肌に触れて冷たく感じてゾクッとするなんて、どうかしてる。
「あー……俺も見たかったな。めぐの花嫁姿」
「すぐ見れるじゃない。というか、あの……優冬くんが一番近くで見ることになるんだし」
優冬くんの知らなかった一面――いや、きっと兆候はあったのに気づいてないふりをしていたものを、意図的にバラされたあの日。
『大丈夫……? ぐったりしてる。ごめんね』
――あの、後。
幸いなのか、私の精神が限界だったのか――崩壊しない為の本能か。
意識を手放せた私が再び目を開けると、いつものようにベッドの上、優冬くんに抱っこされていた。
『……俺、ダメだね。いつまで経ってもめぐが可愛すぎて……や、可愛いくて当然なのに、何度こうしても慣れなくて。毎回初めてくらい余裕ないの、どうしてくれるの』
『……めちゃくちゃだし、べ、別にダメじゃないし、私のせいですか? 』
謝った直後にどうしてくれる、とは。
おかげで、私の返事もおかしなものになってくれた。
『めぐのせいでしょ。……他に、誰がいるの? 』
少し不自然に空いた間に、本当はこれが省略されていることは分かってた。
「俺をおかしくするのは」だ。
『めぐだけだよ。俺の彼女で、婚約者で、めが……』
『わ、分かったってば。わ、私のせいでいい』
(……私のせいだ。それはもう消えないし、きっともう直せない)
『んー、分かっても分からなくても、あんまり変わらないけどね。どうしようもないし……というか、これでも頑張って抑えてるんだよ。じゃなきゃ……』
――ずーっとここに引きこもって、「好き」ってしてる。
明るく軽く、冗談ぽく――ただの、恋人同士のその後みたいに言ったけど、優冬くんの言ったそれが端的に表していた。
「もう、どうしようもない」んだろう。
「そうだね。すごく楽しみ。……でも、ちょっと怖いかな」
「え……? 」
そして、今夜も。
何事もなかったかのように、「終わった後のいちゃいちゃ」としか言えないそれを楽しんでいたと思ってた。
クスッと笑った優冬くんの目線が落ちて、不安になって見上げたけれど、彼の真意を汲み取ることができない。
「他の男も君を見るから。春来はもちろん来るし……本当はね、めぐを誰にも紹介したくない。でも、それは不可能だから。それなら、早々に牽制した方が確実だし早い。分かってはいるけど、やっぱりやだな……」
「……そういうことなら、ウェディングドレスって、ものすごい牽制だと思うんだけど……」
「人の結婚式で、誰もそんな目で見ないから」は優冬くんには逆効果だと、既に学んでいる。
「それもそっか。そう思うと、余計に楽しみ。……兄さん、どんな顔して見ててくれるかな。……あ、そうだ」
なるべく普段どおり、私は何も聞いてないし見ていないし――あのことは忘れたと、そんな反応を心がけたつもりだったけど。
「トムラくん、だっけ。……呼ぶ? 」
耳の後ろで聞こえた声は、抑揚がないようで異様なほどの仄暗い色っぽさを含んでいて。
まるで自信がないみたいに片言で名前を呼んだくせに、その後に続いたのは妙に挑発的だった。
「……っ」
「嘘。ごめんね。……かーわいい」
ピクンと震えたのを喉の奥で笑ったのは、他の人に見せたくないと拗ねた優冬くんと同一人物なんだろうか――そんな答えの分かりきったことを思いながら、耳や首筋にヌルリと這う感触に耐えられたのは一瞬。
すぐに振り向いてくっつくと、優しく髪を撫でてくれる優冬くんを見て、どっちも優冬くんだとしか言えなくなる。
悪あがきだ。
そう答えてしまえば、あの出来事が夢じゃなかったと認めざるを得なくなるから。