引きこもり婚始まりました









すべてが滞りなく進んでいた。
寧ろ、これほどアクシデントが起きなかったのが異様とも思えるなんて、私には躊躇いでもあるんだろうか。
何もかもスムーズで、もちろん誰かの浮気相手が乗り込んでくることもなく、ましてや泥棒猫だなんて罵られたりもしなかった。


「なに、ニヤニヤしてるんだよ。綺麗な花嫁さんらしからぬ顔だぞ」

「貴重な経験させてもらったのが蘇っただけ」

「……よくこの状況で笑える。まさか、もう壊れたんじゃないだろうな」


気味悪そうに言う春来こそ、これだけの大騒ぎになった原因――確実に地位を奪われたものの発端となったものに、よくもまあ、暢気に近づけるものだ。
ましてや、弟と彼に奪われた元婚約者の結婚式で、しれっと花嫁の隣に立つなんて。


「……たぶん、春来は一つだけ当たってたよ」

「ひとつかー? 全部当たってるだろ。何年あいつとやり合ってると思う? 優冬が俺の心理分析できるように、あいつの考えそうなことは俺にも分かる。……重なる部分もあるしな」

「……え……」


意外だと――どこだろうと探そうとしたのがバレたのか、春来こそらしくない笑顔を私に向けた。


「本当に欲しいものの為なら、使えるものはすべて使う。邪魔な存在を蹴落とすことに躊躇なんてしない。似てるだろ」

「……ノーコメント」


(……夢みたいな式だな)


私や家族の為に、彼らの家系を思えば少し規模を小さくしてくれた会場。
互いの友人も最小限で、会社関係もかなり制限してくれた。
それでもどこか、夢見たシンデレラストーリーのようなウェディングだ。
それを一歩引いて見渡せるのは、隣にいるのが王子様じゃないからかもしれない。


「あいつの女神信仰は、昔から変わってない。あー、どこでミスったかな。優冬が黙ってお前と結婚させてくれるはずないって分かってたのに」

「……っ、そ、れ……」


――まさか。


「“女神(めぐ)に相応しい男なんかいない”」

「……な……」


あの夜が思い出されて、純白を纏っていることに強烈な違和感を覚える。


「優冬の場合、それは自分自身にも当てはまる。他のストーカー紛いとの大きな違いはそこだな。だからこそ、お前の……女神様の側にいる男は、多大な努力やそもそもの能力が必要なんだと。ちなみにそれ、初めて聞いたの小学生くらいだぞ」


ストーカーの思考回路なんて知らないけど、自分だけが特別だとは思わないところは、確かに優冬くん特有なのかも。


「まー、この会話も聞かれてるんじゃないか。やましいことがないから構わないなんて思うお前も、大概どうかしてるよ。そんだけあいつが好きなら、もう何も言うことない。俺のせいにすんなよ」

「……しないよ。言ったとおり、春来の言ったことそこは当たってる。私は今幸せだし、それを壊すつもりはない」


――happily ever after.


ずっと、幸せだ。
だって、優冬くんを好きなままだから。


「……萌が、壊されなきゃそれでいい。何かあったら言って。我慢しないで、できるだけすぐ。きっと……これから俺がお前にできることは、どんどんなくなってく」

「もう、ないよ。……次の人には浮気しないで」

「それは大丈夫。この状況じゃ、誘惑は激減するだろうし……仕向ける奴ももういないしな。何にしても、悪かっ――……」


靴音が真後ろでして、振り向く間もなく腰に腕が回される。


「兄さん」


私を指していない呼びかけが、耳元でした。
ゾクッとしたのが冷たい感触へと繋がっていく前に耳と首の付け根あたりに口づけられ、かあっと芯が燃えるように熱くなった。


「おめでとさん。よかったな。あの頃と変わらず、女神様は強くて綺麗なままだろ」

「? なに、当たり前のこと言ってるの」

「お前は知らないだろうけどさ。大事に大事にしてるつもりでも、それがかえって弱らせることもある」


優冬くんが兄だと呼んだからか、小さな子に善悪を教えるような優しい笑顔を春来が浮かべているからか。
優冬くんの返事はやや幼く聞こえて、無表情な顔や成人男性の体格と――何より新郎姿があまりにも似合わず脳が混乱する。


「……それは、ペットか何かの話でしょ? 女性に失礼だよ。確かに大事にするってさっきも誓ったけど、結婚式ってさ」


――大事に大事に愛する権利をくださいって、神様にお願いする儀式じゃないの?


「兄さんの相手は違うかもしれないね。でも、そうだよ。女神様なんだから、そういうの必要だって俺は思ってる」

「……花嫁の希望は、とりあえず変な揉め方しないでほしいってことですけど」


何も変わらない。
神様が見届けたのだとしても、見張っているのだとしても――遡ればいつから、優冬くんの計画が始まっていたのか知ったとしても。

――やっぱり私は、ずっと大切に愛され続けるのだろう。









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