引きこもり婚始まりました
(……ここはどこ、優冬くんって誰……)
春来の家も一般的な感覚からすると豪華だったけど、優冬くんの家はそれを上回っていた。
「……優冬くんって、何してる人? 」
「引きこもって、お家で仕事してる人。目立つことは春来がやりたがるから、ちょうどいいんだ。あと、俺無趣味なんだよね。その分、部屋にお金かけてる」
それを言うと、確かに。
春来は趣味も多いし、友達も多くて外出が多い。
優冬くんが本当に無趣味だとは思わないけど、家にいることが多いなら快適にしたいだろう。
快適どころの話じゃないけど。
「俺の寝室と仕事部屋はあっち。空いてる部屋、好きに使っていいよ。足りないものあったら、明日一緒に買いに行こ。可愛いのも全然ないし、つまんないよね。あ、リビングとかその他も自由に使って」
「何から何までごめんね」
途中、都合よく道すがらに友達のアパートがあったから、荷物を引き取って。
気を遣って友達には見えないように待っててくれたのは優冬くんらしくて、持ってくれると譲らないのは知っている彼よりも頑固だった。
「ううん。めぐが来てくれて、嬉しいしかないし」
好きな部屋を使っていいとも言われたけど、どう選んでいいのかも分からない。
笑って荷物を運んでくれたのが優冬くんの寝室の隣じゃなかったのは、きっと優しさだ。
「疲れたでしょ。少しゆっくりしてきなよ。俺も適当に何かしてるから、困ったことあったら声掛けて」
そう、一人にしてくれたのも。
・・・
荷解きをしてしまうと手持ち無沙汰で、特にすることもなければ何をしていいのか分からなくなる。
変な疲れのせいで緊張してしまって、横になっても眠れるわけないと思ったけど。
(誰か来た……? )
やっぱりベッドでうつらうつらしていた私は、なかなか図太い。
春来だったらどうしようと身体が強張ったけど、どうややただの宅配らしかった。
「めぐ」
控えめなノックからちゃんと少し待って、名前を呼ばれた。
それでも慌てて起き上がって、鏡を見てとりあえず出れる状態であることを確認してドアを開けると、ほっとしたような心配そうな顔をした優冬くんがいる。
「こんな時になんだけど。よかったら、パーティーしない? 」
「パーティー? 」
こんな時なことは気にならなかったけど、失礼ながら優冬くんの口から出た単語だとは思えない。
ついオウム返しに聞き返すと、吹き出した後に彼は嘘っぽく心外だと拗ねてみせた。
「そ。嫌じゃないなら、付き合って」
それだけ言うと背中を向ける優冬くんの後を追うと、リビングのテーブルに本当に何のお祝いだろうというような、美味しそうな食事が並んでいる。
「本当にパーティーだ……」
「でしょ。不謹慎かもしれないけど……ごめん。俺にはやっぱり嬉しいことだから。……嫌? 」
私を慰める為。
そんなの明らかだったけど、私にとってもこれは門出だ。
浮気男からの旅立ち。
旅立った先がその弟のところだったのとは、ひとまず置いておいて。
「ううん。ありがとう」
「やった。お祝いだ」
「それは、ちょっと不謹慎かも」
ちょっとだけテンションの高い優冬くんは貴重で、それを見てるだけでも楽しい。
「ごめんねー? 俺にとってはお祝いなんだもん。悪いけど、付き合って」
高級なことだけしか分からないワインを、嬉々として開けるのを見るのも初めて。
(……私、何も見てなかったんだな)
春来と三人でいる機会はたくさんあったのに、優冬くんの何も見えてなかった。
嫌な思いを幾度となくさせたことは明白で、胸が痛いと思うのは勝手だ。
今、私にできることは、このパーティーを満喫することだけ。
・・・
心地よく酔っ払って――いや、本当はもう少し酔って――優冬くんの「ダメ。それくらいにしなさい」というストップが入り、もちろんちゃんと自分で部屋に戻った。
しばらくはちゃんとベッドで眠っていたのに、酔いが醒めると目がパチリと開いて、何度閉じても寝付けなくなってしまった。
仕方なく起き上がって、音を立てないようにそっとリビングへと忍び寄る。
さすがに、優冬くんも寝ちゃったよね。
起こさないようにしないと。
目が慣れてきたから明かりは点けずに、のそのそとソファに近づき、腰を下ろした。
「……っ」
涙。
泣いちゃだめ。
違う、泣くことなんか何もない。
さっきだって、あんなに楽しかった。
なのに、一度膝を抱えて丸くなってしまうと止まってくれなくなる。
(……大丈夫。忘れられなくても、いつかどうでもよくなる。これ以上の笑い話なんてないくらいに。……でも)
――今日まで、だから。
そう許して、どれくらい時間が経ったか。
やっとウトウトし始めた頃。
「……めぐ」
優冬くんの声が聞こえた気がする。
ふわりと降らせたブランケットごと、一瞬そっと包まれたような。
驚きと微睡みを同時に得られず、パニックになりそうになるのをどうにか我慢した。
「――……」
そして、何事か囁かれて。
優しく、頭を撫でられていた。