引きこもり婚始まりました




唇が降りてきて瞼を閉じたのに、触れた先が額だったことに気づいた私は、どれだけ不満そうな顔をしたんだろう。


「だって、せっかくごはん作ってくれたのに」


何も言ってないのに、もっともな言い訳をしてくれる優冬くんは、少し意地悪だ。


「……温めますけど」

「それくらい、俺がするよ。サーブもするし、片付けもするし、後でココアも淹れてあげる。だから……」


――お望みのこと、していい……?


「あ、勘違いしてたらごめんね。もちろん君が望むなら、だよ。嫌なら、もっと可愛いキスで終われるように振る舞ってね」

「……笑ってるくせに」


(……楽しそうだなぁ……)


やっぱり不満だ。
頬を優冬くんの胸で押し潰して抗議したのに、指先で擽られたら見上げるしかなくなる。


「そりゃあ、ずっと憧れてた雲の上の存在が、地上どころか自分の腕で可愛いくしてたらね。さすがの俺も、笑顔になるみたい」


今、どんな顔してるんだろう。
切なそうに笑う時もあるから心配で、本当に楽しそうにしてくれてるのを見て、ほっとして。


「でも、そうなってくると欲張りになって。めぐはそれでいいって言ってくれたけど、元々自分がどれだけもっとを望んでたのか思い知るんだ」


頬を撫でられたのは、「こっち、見て」の合図だったと知って。


「だって、そうでしょう? ……めぐが気づいてないだけで、俺はずっと怒りや疑念に紛らわせて普通に嫉妬してた。そんなとこも、俺が君を女神様としてだけじゃなくて愛してしまった証明なんだよ」


見上げれば、希望どおりのキスを落とされる。


「一個だけ、教えてあげる。めぐはね、緊張したり照れたり恥ずかしがってる時、急に敬語になる」

「そ、そうだっけ。でも、そんな大したこと……」

「あるよ。やっぱり、自分じゃ分からなかった? 」


でも、それは意地悪優しい幕開けに過ぎない。


「それってね。……その先輩って人と、付き合ってからついた癖だって」

「……っ、そ、そんな……」


(……え……そう、だったっけ)


「そんなことない? うーそ。あ、でも、そっか。めぐは気づいてなかったんだから、嘘吐いてることにはならないよね。ううん、別に嘘だとしても構わないんだ。だって、めぐに怒りはちっとも湧かないから。当たり前だよ。めぐ、悪くないんだもん」


だって、すぐに止められてしまって物足りなくて、無意識にもっと近づいたのを、こんなに間近でクスリと笑われてしまった。


「そんなめぐも可愛い。だからね、そんな可愛い君を引き出せたのを、すごいなーって思ったりもするよ。何も、憎んだり恨んだりするばかりじゃない。……でも、ああ、可愛い可愛いって思ってる間に、いつの間にか」


唇を啄まれるたび、その瞬間だけ優冬くんの瞳が閉じて。


「……やっぱ、どうしようもなく“先輩”が憎くなってるけどね? 」


「先輩」を揶揄するたび、薄く開く。


「……優冬くんに教えられたり、変えられたりしたこともあると思う」


私の本質は変わらなくても、きっと春来と付き合ってた頃の私とは微妙に違うんだろうな。
それを言ったら、初恋を経験したばかりの私とは比べものにならないくらいに。


「そっか。俺も、女神様を汚した一人だ」

「……そんな神聖なものじゃないっていうのに……」

「神聖なものだよ。それにね、ちょっとは俺にも悪いコトされてるって、自覚してほしいな。……あ」


現に、優冬くんにすっぽりと包まれている私は。


「……ごめんね。そんなつもりなかったけど、結果的に焦らしてたみたい」

「……っ。そ、そんなこと」


耳まで熱くて、一度その熱の正体に気づいてしまえば、口では抗いながら、ぎゅっと優冬くんの袖を握り締めたりして。


「うん。俺の希望からくる、気のせい。だから、これも俺の妄想と願望だけど」


――ごめんね。物足りなかったよね……?


さっきと同じ抵抗に真逆のことを返しながら、「もう意地悪に焦らしたりしないよ」と、優しいキスを繰り返す。

――恐らく、私が素直にその先を欲しがるまで。








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