ドSキューピットさまと恋のお手伝い!
17話 好きにはならない
七月に入って、太陽の日差しが目にまぶしくなってきた。
いまだに、ありさちゃんと水谷くんが教室で話せている様子がないことに、わたしはジリジリと焦っていた。
最近は、魚住さんの猛アプローチ現場は見かけなくなったから、その点についてはちょっと安心だけれども……。
【逆に考えると、露骨にアピールをする必要がなくなっただけかもしれない。嵐の前の静けさ、ってやつかもよ】
全身がブルリと震える。
不吉なこと言わないでよ~! って怒りたかったんだけど。
神さまの第六感はさすがというべきなのか、見事、的中しちゃったんだよね。
その放課後。
わたしとルカは、蒸し暑い中でぴったりとくっつきながら、体育館裏近くの茂みに隠れていた。
それというのも、ルカが『今朝から、なんだか魚住の様子がおかしい』と言い出したことがきっかけ。
普段は、先生に指名されたら常にスーパーコンピューターみたいに完ぺきな回答をする魚住さんが、今日はぼやーっとしていて答えられなかったんだって。
ゼッタイに何かある、と怪しんだルカが、魚住さんを尾行しようと提案してきて……たどりついたのが、体育館裏だったというわけ。
魚住さんは、そわそわとしながら、誰かを待っているみたい。
これって、やっぱり……もしかしなくても、あれだよね。
告白、ってやつだよね?
「ねえ、ルカ。今更だけど、やっぱり帰らない? ありさちゃんのためとはいえ、のぞき見をするなんて、やっぱり、よくないんじゃ……」
こぼれおちそうになった弱音は、伸びてきたルカの手のひらでおさえこまれた。
【しっ。黙って!】
ルカの険しくなった視線をたどれば、落ち着いた足取りで、魚住さんのもとへとやってくる水谷くんの姿が!
「しゅ、俊くん!」
彼の姿をみとめて、うわずったような声をあげる魚住さん。
というか、今、俊くんって言ったよね!?
いつの間にか、名前呼びになってる!
「お待たせ、魚住さん。僕に話って、なに?」
二人の会話、始まっちゃったよ。
ここから、二人に気がつかれないよう離れるのは、至難の業。どうやってもガサガサ音を立てちゃう。忍者でもない限り、ムリだ!
ええい。
もう、ここまで首をつっこんでしまったんだ。
腹をくくれ、大神奈々!
湿気を含んだなまあたたかい風が、二人の制服を揺らしていく。
魚住さんは、ぎゅっと制服の端を握りしめた。
「……わ、私、その」
ごくりと、唾をのみこんだ。
まるで、魚住さんと心臓がつながっちゃったみたいに、わたしまでドキドキとして――
「俊くんのことが、好きですっ。わ、私と、付き合ってくださいっ!」
――彼女の本心を受け取った水谷くんは、時が止まったみたいに、彼女を淡々と見つめかえしていた。
少しして。
「ありがとう。まさか……魚住さんが、僕のことをそんな風に思ってくれていたなんて……驚いたな」
彼は、魚住さんに深々と腰をおった。
その言葉からは、深い誠意を感じられたけれども。
水谷くんは、やっぱり静かな湖面のように落ちつきはらっていた。
「魚住さん、僕のことをそんな風に思ってくれてありがとう。だけど、ごめんね。君と話すのは楽しいけど、付き合うことはできない」
やさしいけれども、明確な拒絶の意志。
魚住さんは、唇をぎゅっと噛みしめた。
「……それは、鏡見さんのことが好きだから?」
えっ!?
思わず、ルカと顔を見合わせる。
まさか、魚住さんも、二人の関係を知っていたの?
「私は、小学生のときから、俊くんのことを見てたんだよ。違うクラスだったけどね」
そっか、魚住さんも星一小だったんだ!
答えず口を閉じている水谷くんに、魚住さんは無理しているような顔で笑った。
「俊くんは、気づいていなかったと思うけど……あの頃の俊くんは、鏡見さん以外どうでもいいって感じだったし」
水谷くんは辛そうに唇をかむと、うつむいてしまった。
「私ね、修学旅行のレクリエーションで俊くんと一緒の班になった時から、ずっと気になってたんだ。賢くて、大人っぽくて……ほかの男の子とは違うなって思っていたの」
痛いような、沈黙が流れた後。
魚住さんは、意を決したように、水谷くんを真正面からみすえた。
「あ、あのさ。最近は鏡見さんと一緒にいるところを見かけないけど……俊くんは、やっぱり、鏡見さんと付き合っているの?」
「それは違う!」
ビックリした。
それまで、凪いだ海のように穏やかだった彼の声に、初めて感情が揺れたから。
「僕は……ありさのことだけは、好きにならない」
胸がひりひりと締めつけられるような、固い声。
魚住さんは「……でも、俊くんは、あの子のことだけは名前で呼ぶんだね」とさびしそうにつぶやいた。
「俊くんの気持ちは、分かったよ」
「ごめん」
「そんな顔しないで。ねえ、こんなことを言っておいてなんだけど、これからも友達でいてくれる?」
「魚住さんさえ、良いのなら。もちろんだよ」
「ありがとう。やっぱり、俊くんはやさしい男の子だね」
魚住さんは頭を下げると、急いで走り去ってしまった。
きっと、泣き顔を見られたくなかったからだ。
ううっ……。
魚住さん、最後まで、笑顔だったな。
こればかりは誰のせいでもないって頭では分かっていても、必死にこらえて歯を食いしばっていた彼女の心境を思うと、泣きたいような気持ちになってくる。ありさちゃんのことをヒイキしているわたしは、こんなことを思える立場でもないけれど。
それにしても――さっきの水谷くんの発言が、頭に焼きついて離れない。
『僕は……ありさのことだけは、好きにならない』
耳の奥で、何度も何度も反響する。
今、この場に、ありさちゃんがいなくて良かったって心の底から思った。
お腹の底で、ちろちろと怒りの炎がくすぶりはじめる。
ありさのことだけは、好きにならない?
そんなわけがないよ!
だって、だって……本当にどうでもいい人のことなら、あんな、聞いているこっちまで切なくなるような声をあげたりしない!!
「水谷くん!」
「ちょっ。奈々!?」
ルカの制止もふりきって、呆然とつったっている彼の元へと駆け出した。
いまだに、ありさちゃんと水谷くんが教室で話せている様子がないことに、わたしはジリジリと焦っていた。
最近は、魚住さんの猛アプローチ現場は見かけなくなったから、その点についてはちょっと安心だけれども……。
【逆に考えると、露骨にアピールをする必要がなくなっただけかもしれない。嵐の前の静けさ、ってやつかもよ】
全身がブルリと震える。
不吉なこと言わないでよ~! って怒りたかったんだけど。
神さまの第六感はさすがというべきなのか、見事、的中しちゃったんだよね。
その放課後。
わたしとルカは、蒸し暑い中でぴったりとくっつきながら、体育館裏近くの茂みに隠れていた。
それというのも、ルカが『今朝から、なんだか魚住の様子がおかしい』と言い出したことがきっかけ。
普段は、先生に指名されたら常にスーパーコンピューターみたいに完ぺきな回答をする魚住さんが、今日はぼやーっとしていて答えられなかったんだって。
ゼッタイに何かある、と怪しんだルカが、魚住さんを尾行しようと提案してきて……たどりついたのが、体育館裏だったというわけ。
魚住さんは、そわそわとしながら、誰かを待っているみたい。
これって、やっぱり……もしかしなくても、あれだよね。
告白、ってやつだよね?
「ねえ、ルカ。今更だけど、やっぱり帰らない? ありさちゃんのためとはいえ、のぞき見をするなんて、やっぱり、よくないんじゃ……」
こぼれおちそうになった弱音は、伸びてきたルカの手のひらでおさえこまれた。
【しっ。黙って!】
ルカの険しくなった視線をたどれば、落ち着いた足取りで、魚住さんのもとへとやってくる水谷くんの姿が!
「しゅ、俊くん!」
彼の姿をみとめて、うわずったような声をあげる魚住さん。
というか、今、俊くんって言ったよね!?
いつの間にか、名前呼びになってる!
「お待たせ、魚住さん。僕に話って、なに?」
二人の会話、始まっちゃったよ。
ここから、二人に気がつかれないよう離れるのは、至難の業。どうやってもガサガサ音を立てちゃう。忍者でもない限り、ムリだ!
ええい。
もう、ここまで首をつっこんでしまったんだ。
腹をくくれ、大神奈々!
湿気を含んだなまあたたかい風が、二人の制服を揺らしていく。
魚住さんは、ぎゅっと制服の端を握りしめた。
「……わ、私、その」
ごくりと、唾をのみこんだ。
まるで、魚住さんと心臓がつながっちゃったみたいに、わたしまでドキドキとして――
「俊くんのことが、好きですっ。わ、私と、付き合ってくださいっ!」
――彼女の本心を受け取った水谷くんは、時が止まったみたいに、彼女を淡々と見つめかえしていた。
少しして。
「ありがとう。まさか……魚住さんが、僕のことをそんな風に思ってくれていたなんて……驚いたな」
彼は、魚住さんに深々と腰をおった。
その言葉からは、深い誠意を感じられたけれども。
水谷くんは、やっぱり静かな湖面のように落ちつきはらっていた。
「魚住さん、僕のことをそんな風に思ってくれてありがとう。だけど、ごめんね。君と話すのは楽しいけど、付き合うことはできない」
やさしいけれども、明確な拒絶の意志。
魚住さんは、唇をぎゅっと噛みしめた。
「……それは、鏡見さんのことが好きだから?」
えっ!?
思わず、ルカと顔を見合わせる。
まさか、魚住さんも、二人の関係を知っていたの?
「私は、小学生のときから、俊くんのことを見てたんだよ。違うクラスだったけどね」
そっか、魚住さんも星一小だったんだ!
答えず口を閉じている水谷くんに、魚住さんは無理しているような顔で笑った。
「俊くんは、気づいていなかったと思うけど……あの頃の俊くんは、鏡見さん以外どうでもいいって感じだったし」
水谷くんは辛そうに唇をかむと、うつむいてしまった。
「私ね、修学旅行のレクリエーションで俊くんと一緒の班になった時から、ずっと気になってたんだ。賢くて、大人っぽくて……ほかの男の子とは違うなって思っていたの」
痛いような、沈黙が流れた後。
魚住さんは、意を決したように、水谷くんを真正面からみすえた。
「あ、あのさ。最近は鏡見さんと一緒にいるところを見かけないけど……俊くんは、やっぱり、鏡見さんと付き合っているの?」
「それは違う!」
ビックリした。
それまで、凪いだ海のように穏やかだった彼の声に、初めて感情が揺れたから。
「僕は……ありさのことだけは、好きにならない」
胸がひりひりと締めつけられるような、固い声。
魚住さんは「……でも、俊くんは、あの子のことだけは名前で呼ぶんだね」とさびしそうにつぶやいた。
「俊くんの気持ちは、分かったよ」
「ごめん」
「そんな顔しないで。ねえ、こんなことを言っておいてなんだけど、これからも友達でいてくれる?」
「魚住さんさえ、良いのなら。もちろんだよ」
「ありがとう。やっぱり、俊くんはやさしい男の子だね」
魚住さんは頭を下げると、急いで走り去ってしまった。
きっと、泣き顔を見られたくなかったからだ。
ううっ……。
魚住さん、最後まで、笑顔だったな。
こればかりは誰のせいでもないって頭では分かっていても、必死にこらえて歯を食いしばっていた彼女の心境を思うと、泣きたいような気持ちになってくる。ありさちゃんのことをヒイキしているわたしは、こんなことを思える立場でもないけれど。
それにしても――さっきの水谷くんの発言が、頭に焼きついて離れない。
『僕は……ありさのことだけは、好きにならない』
耳の奥で、何度も何度も反響する。
今、この場に、ありさちゃんがいなくて良かったって心の底から思った。
お腹の底で、ちろちろと怒りの炎がくすぶりはじめる。
ありさのことだけは、好きにならない?
そんなわけがないよ!
だって、だって……本当にどうでもいい人のことなら、あんな、聞いているこっちまで切なくなるような声をあげたりしない!!
「水谷くん!」
「ちょっ。奈々!?」
ルカの制止もふりきって、呆然とつったっている彼の元へと駆け出した。