疫病神の恋
 始業時刻の午前九時。毎日、五分程度の朝礼から仕事が始まる。
 数人ごとで世間話に興じるいくつかの塊を間を抜けて、自分のデスクに着いた。

 時間になったのに、いつも代表で挨拶をする鈴木部長の席が空いたままで、ざわざわと空気が揺れ始める。

「みなさん、おはようございます」

 数分遅れでやってきた部長の斜め後ろに、見たことのない男性がひとり。

 女性社員が急にそわそわと落ち着かなくなった。
 ヒソヒソと近くの同僚とおしゃべりしている。

「やばい、すごくタイプ」とか「私ねらっちゃおうかな」など、まるで学生の恋バナみたいだ。
 恋をしていること自体を楽しんでいるような雰囲気は、少しうらやましい。

 細身のスーツを着こなした彼は、まるでファッション雑誌のモデルのようにスタイルがよく、上背があり足が長い。アーモンド形の綺麗な眼。スッと通った鼻筋。
 思わず見惚れてしまうほど全てが整っている。

 自己紹介を、と部長から促されて、彼が一歩前に出た。

(すず)()(ゆう)(せい)と申します。偶然にも部長と同じ名字だからということもありますが、皆様と早く打ち解けたいので、僕のことは気軽に下の名前で呼んでいただけると嬉しいです」

 にっこりと微笑む柔らかな目や口角の上がり方が完璧で、随分と上手に笑顔を作れる人だなと感心しながら眺めていたら、ふと、目が合った。

 瞬間、背中に冷や水を流されたような違和感を覚え、すぐに視線を逸らした。
 あまり関わりたくない。殊更、自然と人を惹きつける雰囲気のある、彼のような人とは。
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