あやかし外交官は愛する身代わり妻と離婚したい
 彼の香りがして、落ち着かなかった。

 五分ほど歩くと、洞窟の一部が広くなった。

 直後、鬼火が分裂して辺りをライトアップする。
 青白い火に照らされ、たくさんの氷柱が現れた。

「きれい……!」
 静穂は思わず声を上げた。

 地上から天井につながる透明な柱たち。

 細いものから太いものまで様々だ。つららがシャンデリアのように垂れ下がり、石筍(せきじゅん)のように突き出た氷もある。

 ゆらゆら揺れる鬼火に、氷柱が揺蕩(たゆた)うようにきらめく。

「これを見せたかったのですよ」
 雷刀が言う。

「ありがとうございます。きれいです」
 うっとりと眺める静穂に、雷刀は微笑を浮かべ、静かに語り始める。

「私は婚約より以前、あなたにお会いしたことがあります」
 静穂は首をひねった。まったく覚えがない。

「十三年前です。私は興味本位で回廊をつなげて日本へ行きました」
 静穂はその言葉に驚いた。回廊を自力で繋げられるほどの力を持つあやかしは少ないという。

 戸惑う静穂に、雷刀は説明を始めた。

***

 雷刀は夜祭に来ていた。

 浴衣を着ている人も多く、着物姿の彼は浮くことなく馴染んでいた。周囲からは中学生くらいの普通の少年にしか見えない。

 彼はあやかしの街にはないさまざまな屋台に目を輝かせた。

 カラフルに夜を彩る屋台。クレープに回転焼き、唐揚げにりんご飴、射的にサメ釣り、お面、金魚すくい。

 発電機のぶーんという音、遠くから響く祭囃子、人々のさざめき。

 すべてが楽しくて、夢中で見回した。結果、前方不注意になってしまった。

 どん! と誰かにぶつかった。

「すみません」
 雷刀はすぐに謝った。

 だが、相手の若い男性はムッと雷刀をにらみつける。
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