あやかし外交官は愛する身代わり妻と離婚したい
「どうして雷獣がここに?」
「自国民を保護するのも外交官の仕事ですよ」

「保護されたんだ。迷ってこっちの世界に来ちゃったの?」
 頭をなで続けると、クククッ、と笑うような鳴き声をもらした。なんだか楽しそうだ。

「まったく、忙しいのに仕事を増やされて」
 雷刀がぼやくと、デンカがくるっと彼を振り返った。

「お忙しいなら、また今度ということで」
 言って、静穂は席を立つ。

「そんなわけにはいきません」
 彼もまた席を立ち、静穂の前に立ちふさがった。背の高い彼に見下ろされると、それだけで迫力があった。

「忙しいんですよね?」
 静穂はすがるように言う。

「忙しいですよ。不可侵条約の更新に、国交を開始する準備、日本からの使節団を迎える準備。特命全権大使の補佐官として、やることは山積みです。なのに大使が姿をくらまして昼寝にいそしんで、見つかったかと思えば仕事を放棄して散歩」
 雷刀はため息をついた。

「大使にこきつかわれたおかげで、婚約してから今まで、あなたに会いにくることもかないませんでした」
「そうなんですね」

 てっきり、人間との婚姻が嫌で会いに来ないのだと思っていた。自分たちの――正確には姉に来た縁談だが――結婚は政略結婚だったから。

 それはともかく、今は離婚を回避しなくては。

「あ、いたたた、急にお腹が」
 静穂はお腹を押さえた。

「嘘っぽいですが……お手洗いに行くなら、こちらですよ」
 彼は先導して扉を開けてくれる。

「ありがとうございます」
 静穂はバッグを斜めがけにして彼に続く。

 ひょこひょことデンカがついてきた。

 廊下に出た瞬間、静穂は走り出した。

「あ!」
 雷刀はあっけにとられたあと、すぐさま静穂を追う。

「待ちなさい!」

 追いかけて来る声と足音を振り切るべく、静穂は全力で走った。
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