宵の桜に魅せられて。
第一章
いつもの日常
私の人生に“愛″なんて存在しなかったーー
あの夜、貴方に出会うまではーー
「何…⁉︎このまずい紅茶は⁉︎」
ーーガシャンッーー
広い屋敷のリビングにお義母様の大きな怒号と、ティーカップの割れる音が響いた。
「も、申し訳ありません。お義母様っ…。」
私はすぐに床に座り込み、謝罪をした。
「次回以降はこんなことはないように注意しま……っ」
ーーパシャッーー
急に私の視界は一瞬で私の淹れた紅茶でいっぱいになったーー
顔を上げると、お義母様が細く微笑んでいて、その手にはさっき私が淹れた紅茶のポットを持っていたーー。
つまり、私は今紅茶をかけられたということーーー
……正直、こんなものは慣れてしまった。
「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまったわ。」
……嘘
「ふっ、でも″醜い容姿″が更に際立って申し訳ないからもう咲桜さんは下がっていいわよ。」
「かしこ、まりました……。」
小さい頃からこのような感じで私はいつもお義母様を怒らせてばかりだった。
私の家族構成は少し複雑で、私の実のお母様とお父様は政略結婚で愛の無い夫婦の間に生まれたのが私だった。
昔はお母様には確かに愛されていた…。
そんな唯一の味方だったお母様は私が二歳の時に他界。
お父様はお母様が亡くなられた直後に昔、恋人だった……そう、お義母様を連れてきた。
そこから私の生活はどんどん変化していった。
私のお部屋や、お洋服、お母様の形見……全てを取り上げられてしまった。
それからも変装を強いられたり、お手伝いさんの代わりをされたりと嫌がらせは続いた。
お義母様はお母様に似ている私を毛嫌いしていて、歳を重ねるごとに嫌がらせはエスカレートしていって…今に至る。
お義母様の前では顔を変えるだけで怒らせてしまうので、ずっと気が抜けない。
泣くことも、笑うことも許されないのが私ーー月雲咲桜の日常。
それにしても…醜い容姿か…、正直そう言われても仕方ない。
私は母方譲りの色素の薄い桃色の髪に加えて濃い桃色の目をしていて自分でも気味が悪い。
ーーっ、お父様が前から来ている…っ
「おはようございます…お父様…。」
いつものように斜め45度のお辞儀をする。
「その格好はどうした。」
えっ…何のこと………あぁ、さっきの紅茶のこと……
「私の不注意で紅茶をこぼしてしまいました…大変申し訳ありません。」
ーーパシッーー
その瞬間頬に痛みが走った
ーーっ…やっぱり……
「月雲家の人間としての自覚が足りていないんじゃないか?」
お父様は私を″娘″じゃなくて″利用出来る駒″としか見ていない。
月雲家、月雲家…もう聞きたくないっ…。
「次回以降はこのようなことがないようにいたします。」
今度は深く頭を下げる。こうしないと、罵倒が酷くなっていくから…
「………」
お父様は満足したのか、リビングへ向かっていった。
ふぅ…少し気が緩める…。
時間は…あと一時間か…準備を始めようかな…。
準備というのは、入学式の準備。
今日は弄月学園の入学式…私は今日から弄月学園の生徒になる。
長い廊下を渡って別館の塔まで向かう
私のお部屋はさっきまでいた本館ではなく、別館の塔にある。
別館は主に住み込みのお手伝いさん達が住んでいる塔で、私もその塔の一室に住まわせてもらっている。
一応本館には″仮″の私のお部屋はあるけれど、あのお部屋は主にお客様がいらっしゃったときに″見せる用″だから普段は使っていない。
本館の朝は基本的に月雲家の人間しか居なくて、お手伝いさんも通らないから私は変装をしないで済んでいる。
……ふぅ、着いた。
ーーガチャーー
私のお部屋は別館の端に置いてある大体六畳間くらいのお部屋で、家具はあんまり無いけど日当たりが良くて凄くお気に入り。
何より幼少期からずっと過ごしているお部屋だから凄く愛着がある。
ーー
とりあえずシャワーに浴びて、制服も着た。そして…大事なのはここから……
……変装…どうしよう……
ウィッグとメガネ、カラコンで大丈夫かな……?
幼少期から私は人前に出る時は変装をしろとお義母様に言いつけられていた。
理由は聞かされていないけど……きっと私の醜い容姿を隠すためだと思う。
ウィッグは茶髪のロング、メガネは伊達の黒縁、カラコンは「ルル」の黒カラコン。
これらは私が幼少期からずっと愛用している変装道具たち。愛着があるから中々変えないんだよね
ーー
よし、変装も決まったしそろそろ行こう。
自室を出て、廊下に出る……
「うわっ…咲桜様よ……」
「いつ見ても本当に地味よね〜」
「今日も奥様と旦那様に叱られたらしいわよ。本当みっともない……」
お手伝いの方々は私の本当の顔は知らない。
これもお義母様の言いつけ。
正直、変装をしていて良かったと思っている。
本来の私の容姿を見せたらお手伝いさんたちは怖がってしまうかもしれないから。
迷惑をかけてしまうのだったらまだ地味って言われる方がいい……
急足で廊下を渡り、玄関まで急ぐ。
弄月学園はこの家から歩いて一時間かからないくらいの距離だから早めに家を出る必要がある。
早めに起きたつもりだったけど、時間もうギリギリだな…
「行ってきます。」
誰も居ない、広すぎる玄関に一人挨拶をする。
庭を通って、大きい門を潜る。
「ふぅ…。」
外は好き。思いっきり息ができるような気がするから…
…桜が綺麗に咲き誇っている。
綺麗だな…
一番好きなお花を朝から見れるなんて今日は凄く幸せな日…
これから私の高校生活が始まるんだな…、
お友達できたらいいな…なんて欲張りすぎだよね…
学校にいい思い出は無い、だけど…平穏な日々を送れたらいいな…。
なんて…この時の私は甘い考えを持っていた。この後に壮大な悪夢が潜めているのに気付かず…、