あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される
三話 昇進
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突然の昇進と異動命令が下った朱璃は、早急に私物をまとめて寝静まった後宮を出る。
そうして宦官の案内のもとやってきたのは、皇帝陛下の血筋の皇子たちが住まう内廷の東側、東宮。
中でも一番の豪華さを誇るのが、皇太子の伯蓮が生活を送る蒼山宮区域だった。
(な、何この広さ……!)
外塀の端から端が目で追えず、広範囲な敷地というのが容易に想像できる。
最初の門を潜ってもなお、最奥に建つ蒼山宮まではほど遠く。
その間、更に三つの門があり、途中には侍女らの寝床や調理場などの建物を通過する。
そんな道のりでようやく辿り着いたのが、三階建ての建造物。
煌びやかな場所に住んでいる皇太子に、今夜から侍女として仕えるなんて――。
(初夜を台無しにした私に、伯蓮様は一体何を頼むのかな……)
本来、身分の低い者が下女。
そしてそれなりに家柄がしっかりしている者は侍女として、王宮内で職を与えられる。
それゆえに、朱璃の昇進は誰もが驚いていた。
蒼山宮の侍女が着用する鴇色の衣装を与えられ、今まで一束にしていた髪は下ろし左右に小さなお団子を作る。
元下女には到底見えないほどに、朱璃は年相応の綺麗な女性に変貌を遂げた。
しかし服の肌触りが良すぎて落ち着かず、そわそわしたまま二階の執務室前に到着。
「夜分遅くに申し訳ありません。華応宮から参りました、朱璃です……」
すでに公務は終了しているから、執務室から物音は聞こえず不安がよぎる。
するとゆっくり扉が開いて、侍従らしき長身の男性が現れた。
八尺はありそうな背丈と筋肉質で丈夫な体つきは、壁のような圧を感じる。
朱璃より一回り年齢が離れていそうな落ち着いた態度に、緊張が走った。
「関韋、通してくれ」
「かしこまりました」
奥から伯蓮の指示が聞こえてきて返事をした関韋が、朱璃には無言のまま部屋の中へと招き入れる。
やはり歓迎されていないのかな、なんて思う朱璃は、関韋に一礼して先に進んだ。
いかにも高級な壺や鏡、家具なども揃えられている部屋に、緊張感は上昇するばかり。
華応宮の下女が皇太子に見初められて妃に――。
というわけでは決してなく、皇太子の侍女として迎えられた朱璃は。
これから主人となる伯蓮と再び顔を合わせた。
「急に呼び出してすまなかったな、朱璃」
「い、いえ……」
「……着替えたのだな。侍女の服装もよく似合っている」
「あ、ありがとうございます」
部屋の奥には、艶めく橙色の牀に腰かけてくつろぐ、薄着の伯蓮が確認できる。
ただ、頬は少しばかり赤く染まり、長い髪は水分を含んでいるようにも見えたので。
朱璃はすぐに、湯上がり直後だということに気がついた。