あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される
「そういうことでしたか。戻りが遅くなって申し訳ありませんでした」
「あ、ああ……ご苦労だった」
「明日はもっと早く戻りますね」
朱璃も無事戻り、それを確認した伯蓮は部屋に戻ろうと踵を返す。
すると報告漏れがあった朱璃がその腕を咄嗟に掴んで、耳に唇を寄せてきた。
「あの、伯蓮様……」
「っ!!」
「流は見つからなかったのですが、また明日頑張りますから」
不意打ちすぎる腕への絡みと耳打ちに、伯蓮は一気に顔を紅潮させて思考は停止。
関韋が同じ空間にいる場合、あやかしの流について報告するには耳打ちしかなかった。
だから何も間違ったことはしていないと思い込んでいる朱璃は、さっさと持ち場へ向かって歩きはじめる。
しかし、朱璃が立ち去ったあともずっと耳に残る声と息遣いに、さすがの伯蓮はその場に膝をついて項垂れた。
「……伯蓮様。お気を確かに」
「関韋……私の気は確かだ」
「左様でございますか、そうは見えませんでしたので」
「っ……少し、黙っていてくれ」
石畳を見つめながら、伯蓮がたまに思うこと。
それは伯蓮が、朱璃に振り回されたりもどかしくなっているこの状況を、実は関韋は楽しんでいるのではないか。
今の一言でその疑念がより強いものになったが、いつまでも寒空の下でこうしているわけにもいかない。
深呼吸を繰り返してようやく落ち着きを取り戻した伯蓮が、何事もなかったようにスッと立ち上がる。
「……関韋、戻るぞ」
「かしこまりました」
そうして姿勢を正し、胸を張って歩く伯蓮は行きとは全くの別人のように、誰もが尊敬する皇太子の姿。
しかし、思うがままに行動していた先ほどの背中は、とても力強くて頼もしく、一切の迷いがなかった。
心の中でそう考えていた関韋は、伯蓮の後ろを歩きながら密かに微笑む。
ただ、肝心の伯蓮は反省点ばかりが頭の中を支配した。
(私は一体、何がしたいのだ……)
距離を置くと決めた矢先、こんなに朱璃を意識してしまうとは思ってもみなかった。
こんなふうに思い悩むことも、心が躍ることも、何もかもが初めての経験。
正解や対策がわからない伯蓮が部屋に戻ると、案の定夕餉はすっかり冷えてしまっていた。