あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される
「でも、どうして貂々はいつもこの木にいるの?」
「……。」
「何か、誰か待ってるの?」
「……。」
「あ、ごめんね。貂々は“話さないあやかし”だったね」
会話ができないことを残念に思いながらも、朱璃はそっと手を伸ばし、そっぽ向く貂々の頭を撫でた。
朱璃にはこの毛触りも体温も、しっかり感じることができる。
しかしそれは、昔からあやかしが視える能力のおかげであって、普通の人間には視えず触れられず、理解もされない。
だからあやかしが視えることは、後宮にきてから他言していなかった。
言ったところで、変な子呼ばわりされるのは目に見えていたから――。
(子供の頃は悲しかったけれど、今は自分とあやかしだけの秘密って感じで楽しいし!)
何より、後宮内にも意外とあやかしは点在しており、種類も豊富。
どれも小動物くらいの大きさやそれ以下で、凶暴で手に負えないというほどでもなく仲間意識も強い。
生まれ育った郷では見かけないものがほとんどで、友人のいない朱璃にとってあやかしとの遭遇は嬉しい出来事だった。
「貂々がここに現れたのは、ちょうど尚華妃が入内した一月前だよね?」
「……。」
「わかった! 君は尚華妃推しなんでしょー」
くすくすと笑いながらも自信満々な朱璃に、貂々は微動だにせず目を閉じる。
尚華を推したくなる気持ちもわからなくもないけれど、彼女は皇太子の最初の妃として後宮にやってきた。
妃の階級はまだ未定のようだが、近々、皇太子と尚華は初夜を迎えなくてはいけない。
もしかすると、それが階級に関係してくるのかもしれないとも噂されている。
「この国の皇太子様は、私と同い年なんだけどとても聡明な方なんだって」
後宮で働く宦官たちが立ち話をしているのを、たまたま聞いたことがあった。
朱璃自身は、皇太子を米粒くらいの遠目でしか見たことはなく、もちろん話したことなんてあるわけがない。
だけど、耳に入る話はどれも人格者で綺麗なお方ということばかりで、欠点は聞いたことがなかった。
それほどに素晴らしい皇太子なのだろうと、密かに期待が高まる。
その時、華応宮の囲い塀外が何やら騒がしくなってきた。
朱璃は掃除の手を止めて様子を窺っていると、やがて数名の宦官を引き連れ歩いてやってきたのは。
深緑色に刺繍が施された上衣下裳を纏う、噂の皇太子こと鄧伯蓮だった。