あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される



「尚華妃。すまないが今急いでいるのだ。初夜の件はまた日を改めて詫びに――」
「まあ、それは順序が逆ですわ」
「……なに?」
「先にわたくしと次回初夜について話し合いをしていただかないと、探しものは“見つかりませんよ”?」

 ニコリと口角を上げた尚華は、伯蓮が後宮に訪れた目的をすでに知っているような口ぶりだった。
 なぜ?と思うより先に、朱璃の安否が一気に危険と隣り合わせだと悟って不穏な空気が流れる。
 朱璃は尚華の手によって攫われ、帰ることができなくなった。
 そう理解した伯蓮が、尚華に近づき冷ややかな目で見下ろす。

「……朱璃に何かしたのか」
「それも、一緒に夕餉を楽しんでくれましたらお話しします」
「無事なんだろうな?」
「伯蓮様次第ですわね」

 そう言って門を開けた尚華は、「こちらへどうぞ」と招き入れる。
 沈黙した伯蓮は拳を握って怒りを耐えるが、ここで従わなければ朱璃の居場所がわからないまま。
 闇雲に探すよりは、尚華から情報を聞き出す方が確実。
 伯蓮は覚悟を決めて招かれるままに門を潜ると、宦官と共にその敷地内に入った。
 石畳の上を歩く足音がやけに響く中、伯蓮は中庭を通過する。
 その時、一本の木の上に視線を向けた。
 朱璃曰く、貂々はいつもここを棲み家にしていると聞いていたから。
 しかしそこには貂々の姿はなく、伯蓮は頼みの綱が不在だったことに肩を落とす。

「こちらです」

 通された部屋の壁際には数人の侍女が待機しており、まさに夕餉を開始する準備が整われていた。
 円卓には二人分の席と取り皿や筒杯が用意され、初めから伯蓮をここに呼ぶためだったことが窺える。

(……一体、なにを考えているんだ……?)

 朱璃が攫われたのは、自分を誘き寄せて話し合いの場を設けさせるため?
 そう思うと、巻き込んでしまった朱璃に対して、伯蓮は申し訳ない気持ちを抱いた。
 大人しく部屋に入った伯蓮は、尚華との食事を想像して表情を曇らせる。
 続いて宦官が部屋の中で待機しようと足を踏み入れると、退室する侍女らに止められた。

「ごめんなさい。伯蓮様と二人きりにしてほしいの」
「……伯蓮様、いかがなさいましょう?」
「…………部屋の外で、待機していてくれ」
「か、かしこまりました」

 尚華の言われた通りに事を運ぶ伯蓮は、その場で外套を脱ぎ宦官に手渡した。
 そうして着席したと同時に宦官が退出し、扉は静かに閉じられてついに二人きりとなる。
 料理の匂いが立ち込める部屋にもかかわらず、食欲が全く湧かないまま。
 正面の椅子には笑みを浮かべた尚華が腰掛け、満足げに話しかけてきた。


< 44 / 102 >

この作品をシェア

pagetop