あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される
「あの乱入騒動で、私は目が醒めた気がした」
「な、なぜそのように……」
「私の人生も私のものだからだ。豪子と対立することになっても、私の妻は私自身で選びたい」
「っ……⁉︎」
「それは尚華妃も同じだろう? 気づけば恋に落ち、互いに想い合い、一生添い遂げると誓った相の方が幸せだと――」
伯蓮の説得しようとする強い気持ちと優しい声は、尚華の心に絡まる鎖を緩めていく。
互いに望まぬ婚姻関係となり、その心と体までも脅かされようとしている事を、伯蓮は尚華にわかって欲しかった。
「次期皇帝という宿命のもとに生まれると、そうもいかないと痛感している」
「わ、わたくしだって、胡一族の娘として生まれたからには……」
「だが、そんなしきたりは我々の代で断ち切らないか?」
「断ち切る? まさか婚姻を取り消すというのですか?」
「私はそうしたい……尚華妃にとってもその方が、良いと思っている」
豪子の言われるがままに利用されている尚華を、救いたい気持ちは本当。
だからきっと、同じ境遇で間違った選択をした二人で話し合えば、伯蓮は分かり合えると思っていた。
すると、深いため息と共に立ち上がった尚華は、近くに用意されていた茶壺にお湯を注いで呟く。
「……わたくしは、伯蓮様を本当にお慕いしておりました」
「それは豪子が――」
「妃として入内したのは父上の指示ですが、これは正直な気持ちです」
茶壺をゆっくりと空中で回し、二つの茶器に茶を注いでいくと甘い匂いが立ち込めた。
そして尚華は、今までの余裕の笑みから一転、寂しげに微笑んで伯蓮の言葉の意味を理解する。
「なので、今婚姻を取り消すということは、今後どんなに伯蓮様を想ってもそれは届かないということですね」
「……尚華妃の気持ちには、応えられない」
「父上を敵にしてでも、わたくしとの婚姻を解消したい――と」
「…………ああ」
断固たる返事を聞いた尚華は、茶器を運んで伯蓮の目の前に置くと静かに着席。
そして、ようやく朱璃についての言及をはじめた。
「あの元下女を使って、伯蓮様をここに呼び寄せるのが目的でした」
「っ⁉︎」
「ですが、お話を聞いて諦めがつきました」
「尚華妃……」
「わたくしと“最後”のお茶に付き合ってください。そうしたら居場所をお教えいたします」
瞳を潤ませながらも懸命に笑顔を絶やさない尚華を見て、伯蓮の心もしっかり痛んだ。
しかし、これは乗り越えなくてはいけない痛みであり、それを覚悟で話をしている。
だから、尚華と“最後”になるこのお茶だけは、望み通り付き合うべきだと――。
片手で茶器を掴んだ伯蓮は、甘い香りと波紋の立つ薄茶色の眺め、ゆっくりと口に含んで飲んだ。