あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される



「それにしても、流はなぜ私の部屋からいなくなったのだ?」
「あーそれね。知りたい〜?」

 心配していた伯蓮の気も知らず、行方不明だった理由を流は意味深に勿体ぶる。
 それに関してはさすがの伯蓮も苛立ちを覚えたが、流の行方不明がなかったら朱璃との出会いはなかったとも思っていた。
 侍女としての昇進も、あやかし捜索係の任命も考えなかったかもしれない。
 何より、特別な感情を抱くまでに大切な存在になることも……。
 朱璃との繋がりは、全て流の行方不明から始まった。

「……俺、好きなんだよねぇ」
「え、何が好……?」
「美女」
「…………は?」

 耳を傾けていた伯蓮は眉を顰め、朱璃はどんな顔をしたらいいのか迷っていた。
 そして貂々は、大きなため息をついて呆れ果てている。

「この国一美しいといわれる、あの胡尚華が入内するって聞いてどうしても一目見たかったんだ!」
「そ……それで蒼山宮を抜け出し、後宮に向かったと……」
「だけど胡尚華の宮がわからなくて、他のあやかしと会話もできないから迷子になっちゃって。帰るに帰れなく」
「……つがいの星が聞いたら泣くな」

 今頃、私室で大人しく眠っている星を哀れに思った伯蓮。
 そして流がそれほどに見てみたかった尚華はおそらく、もう後宮にはいられなくなるだろう。
 その父、宰相である豪子もまた、今回の件を罪に問いたいところだが。
 果たして証拠となるものは見つかるだろうかと、伯蓮は考える。
 しかし、ひとまず今は――。

「……朱璃、蒼山宮に帰ろうか」
「はい、そうですね」

 顔色が徐々に回復した朱璃は、伯蓮の言葉に笑顔で応えた。
 そして自分の足で立ちあがろうと床に足裏をつけた途端、なぜかふわりと宙に浮く。
 朱璃の体は伯蓮に抱き抱えられたまま、運ばれようとしていた。

「伯蓮様っ⁉︎ 自分で歩けますので!」
「無理をするな。それに朱璃を抱えている方が暖かい」
「ええ⁉︎ あ、この外套もお返します! 伯蓮様が風邪を引いてしまいますから!」

 するとほんのり赤い頬をさせた伯蓮が、抱き抱える朱璃を愁色の瞳で見つめて答えた。

「私がそうしたいのだ。嫌かもしれぬが、しばし我慢してくれ……」
「っ……!!」

 伯蓮はこの状況を、朱璃に我慢させていると思ったらしい。
 しかし我慢というほどの苦痛は一切なく、むしろ伯蓮の体調を心配しての発言だった。
 今も顔を紅潮させて、熱でもありそうな様子は朱璃にもわかっていたから。

「……い、嫌ということでは、ありません……」
「そうか。なら良かった」

 安心した伯蓮が落とさないように朱璃を抱き抱え直し、そしてニコリと嬉しそうな笑顔を咲かす。
 思わず胸が高鳴った朱璃は、慣れない状況に気持ちが追いつかない一方で、徐々に異性を意識するような感覚が芽生えてきた。


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