あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される
朱璃は身をもって皇太子の優しさに触れて、それだけで充分満足できた。
だから、これから受ける鞭打ちの刑にも、きっと耐えられると思った時。
力が緩んだ朱璃の腕から、貂々が飛び出した。
「あっ!」
朱璃の後方へと走り去っていく貂々。
あやかしが視える朱璃は、もちろんそれを目で追ったのだが、同じ動きをしたのがもう一人――。
「え、伯蓮様……?」
「あっ……いや、なんでもない」
まるで貂々が視えているような彼の視線の動きと反応に、朱璃も戸惑った表情を浮かべていると。
それを問われるより前に立ち上がった伯蓮は、宦官たちに指示を出した。
「この者の行動は罪に問わないように」
「か、かしこまりました……」
「それと、そう簡単に人を痛めつけるような指示を出すのはやめよ」
冷静だけれど、その目には憤りも滲み出ていたようで、宦官たちが恐れ慄いている。
皇太子の有難い判断に救われた朱璃は、慌てて立ち上がり姿勢を正した。
そして一言お礼を申したく口を開けた時にはもう、何事もなかったように門をくぐっていった伯蓮。
宦官たちも続いて歩きはじめ、角を曲がるとその姿は見えなくなる。
(……行っちゃった)
こうして尚華との茶会に向かった伯蓮が、一体どんな時間を妃と過ごしたかはわからない。
ただ、雲の上の存在だった皇太子が心身ともに美しい方で、惚れ惚れするのを自覚した。
お礼を言い損ねてしまったけれど、おそらく今後も伝える機会は訪れないだろう。
肩を落としながら踵を返した朱璃は、掃除途中の中庭に戻ると、騒ぎの発端であった貂々が元の場所で一休みしていた。
「ちょ、貂々! どうして急に皇太子を追ったのよ」
「……。」
「伯蓮様の許しがなければ、今頃鞭打ちの刑だったんだからね」
目を閉じている貂々が、話さないあやかしとわかっていても、朱璃は気が済まなくて不満を漏らす。
しかし、ずっとそうしているわけにもいかないから、頬を膨らませたまま箒を手にして落ち葉集めを再開した。
結局、貂々が伯蓮の後をついていった理由は不明のまま。
ただ、この国の皇太子はもしかすると、あやかしが視える人かもしれない。
朱璃はなんとなくそう感じてしまい、この日の夜はあまり眠れなかった。