あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される



「伯蓮様、頑張ってきてくださいね!」
「はは、朱璃の応援は心強いな」
「そ、そうですか?」
「ああ、本当に……」

 すると、不意に視線が合って、時間が止まったような感覚に襲われる。
 目が離せない、だけでなく三々の“恋だな”という言葉も蘇ってきて、変に意識してしまう朱璃に緊張が走った。
 その異変に気付いたのか、伯蓮がポツリと話しはじめる。

「……豪子の件、無事に終わったら……」
「はい……?」
「朱璃に伝えたいことがある」

 真摯な態度と熱意のこもる眼差しに圧倒されて、朱璃はコクリと頷いた。
 今のが、自分に対する恋心からくるものだとしたら、すごく嬉しいような恥ずかしいような。
 三々の言葉にまんまと左右される朱璃は、いろんな思考がぐるぐると駆け巡る。
 ただ、心優しい伯蓮の力になりたいという願いだけは真実だった。

「よし。おかげで元気が出てきた」
「良かったです!」
「着替えたら出発だ」
「はい! ……え?」

 すると鍛錬後だった伯蓮は、汗を吸い取った服を着替えるために突然脱ぎはじめた。
 露わになる程よく引き締まった上半身に、朱璃の心臓がギュンと握りつぶされそうになる。
 侍女としてそこまでの務めをしたことがなくて、その場であたふたしていると。
 少し遅れて執務室に入ってきた関韋が、困った顔で伯蓮に物申す。

「伯蓮様、朱璃殿が挙動不審になっています」
「え! あ、すまなかった。着替えを手伝うのは初めてだったな」
「……ひゃい」

 目を閉じながら首を縦に何度も振る朱璃は、簡単な返事も噛んでしまうほど男の体に慣れていなかった。
 それは人間の姿の流と対面した時に知っていたことだが、気配りに欠けていたと詫びる伯蓮。
 しかし、今後は身の回りのことも朱璃にお願いしたいと思っていたので――。

「では少しずつ慣らしていこう」
「な! 何をですか!」
「ほら、早く手伝ってもらわないと私が風邪を引く」
「え、う、っは、はいぃ!」

 風邪を引かれては困る朱璃は、新しい衣服を取りに奥の間へと向かう。
 戸惑いの中にいても従順で健気な後ろ姿を見て、伯蓮はますます心が奪われていく感覚を覚えた。
 ただ、そんな様子に関韋はというと。

「好きな子ほどいじめたくなる気持ちはわかりますが……」
「な、なんだ……」
「今のはセクハラ(性的嫌がらせ)かと」
「朱璃! やはり着替えは関韋に手伝ってもらう!」

 どうしても朱璃には嫌われたくない伯蓮が、その言葉で危機感に襲われ必死になる姿もまた珍しく。
 関韋は一人、恋愛は人をいいようにも悪いようにも変えると考えていた。


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