あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される



「……な、なんだか室内が暑いな。窓を開けてくれないか」
「こんな寒い時期に、窓を……?」
「一瞬でいい、新鮮な空気を吸いたい」

 何かと理由をつけると、豪子が自分の従者に指示を出して窓を開けさせた。
 その隙に執務室に侵入した貂々は、伯蓮の方には向かわずに従者の近くをウロウロする。
 そして一番若輩の従者の前でぴたり止まり、貂々は伯蓮に目配せしてきた。

「? ……其の方はこの取引の管理を任されていた者か?」
「い、いいえ。わ、私は何も……知りません。申し訳ありません……」
「そうか……」

 眉を下げて畏まる従者は、少し怯えながら青ざめているようにも見える。
 何か隠している。それを貂々が教えてくれているのだと悟った伯蓮は、彼を注意して見ることにした。
 しかし、伯蓮からはこれ以上の証拠は出てこないと判断した豪子が、髭を触りながら微笑む。

「伯蓮様。娘の処分はお任せいたします」
「重い罰でも受け入れるのか」
「はい。胡一族の恥ですから」
「尚華妃は父に認められたくてその身を捧げてきたというのに。簡単に切り捨てられるのだな」

 あの日、自分と同じような思いで宿命から逃れられなかった尚華を知っていた伯蓮は、彼女を心底可哀想な娘だと思った。
 そして、薬を盛ったことは決して許されることではないが、なんとか軽い罰で済ませてやりたかったけれど。
 豪子が罪を認めなければ、それも叶わない。
 悔しさが込み上げた伯蓮が机の下で拳を握りしめた時、貂々が再び動き出した。
 てとてとと小さな四肢で歩き、執務室の角で止まると再び伯蓮をじっと見つめる。
 そこには西瓜ほどの大きさの壺が棚の上に置かれてあり、色柄が派手でかなりの高級品であることが窺えた。

「……そ、その壺を、見せてもらってもよいか……」
「え? ええ、それも異国から仕入れたものですが……ご興味ありますか」
「ああ、少し……」

 席を立った伯蓮が、本当は全く興味のない異国の壺に向かった。
 きっと貂々が何かを示している。
 だが特に変わった様子はなく、伯蓮が腕を組んで悩んでいると、貂々が突然壺に飛びかかった。
 そして前足で壺を押し倒すと、ぐらりと傾いたそれはそのまま床に落下した。

「え……⁉︎」
 ガシャァァン!!

 あやかしが視える伯蓮には、壺をわざと倒した貂々を認識できる。
 しかし、あやかしが視えない他の者たちは、伯蓮が触れていないのに壺が勝手に均衡を崩して倒れたと思って驚愕していた。
 その謎の現象を前に豪子も言葉を失っていたが、皇太子の安全を確保したい関韋だけが伯蓮に駆け寄る。

「伯蓮様! お怪我はありませんか⁉︎」
「ああ、問題ない……しかし」

 先ほどまで美しい曲線を描いていた壺は、大きなものから細かなものまで様々な破片となって床にばら撒かれていた。
 その無惨な姿を見た豪子は、深く落ち込んだ様子で伯蓮に訴える。


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