あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される



「鮑泉様っ」
「な、いきなりその名を呼ぶな……」
「私は今、鮑泉様と同じ道を選択しようとしています……」

 それはかつて皇太子だった頃の鮑泉が、侍女の姚姜を妃にしたことで始まった悲恋。
 今、侍女の朱璃を妃にしたいと思っている伯蓮は、同じことが繰り返されないかという不安も抱えていた。
 豪子、尚華という不安要素は排除したものの、王宮という場所は様々な私利私欲がうごめく場所。

「いつか、この選択が朱璃を傷つけてしまわないか……失う結果とならないか不安なのです」

 姚姜を失った鮑泉の悲しみが身に沁みてわかるからこそ、鮑泉の率直な意見が聞きたかった。
 それでも自分の思うまま進むか、朱璃のため、妃にすることを諦めるべきか。
 すると貂々は、夕日に照らされた黄金色の長い尾をゆらゆらと動かしながら――。

「私は愚かな皇帝だったが、お前がそうなるとは思わない」
「え……」
「故に朱璃も姚姜ではないし、姚姜の方が断然美しい女だった」
「なっ! 朱璃も素直で可愛いおなごだ」
「いやあれは色気が足りない」
「そ、そんなものはあとから――」
「今から身につけねば手遅れになるぞ」
「そんな厭らしい目で朱璃を見ていたのか⁉︎」

 話の論点がズレはじめたことに気づいた二人は、白熱した討論で乱れた呼吸を一度落ち着かせた。
 そして、鮑泉には敬語で話したいのに、いつの間にか貂々という認識で乱暴な言葉遣いになったことを伯蓮は反省する。
 すると貂々は、鮑泉としても一人の男としても、本当に伝えたかったことを伯蓮に向けて話す。

「……つまり、どんな選択をしようとどんな結末を迎えようと。それはお前たちの物語であって私たちとは違う」
「っ……!」
「むしろ私のような前例を知っているなら、どんな障害が待ち受けていようと回避できるだろう?」

 期待を込めたようにニヤリと微笑んだ貂々は、そう言い残して塀の向こう側に消えていく。
 伯蓮はただ茫然と立ち尽くしていたが、最後の一言で背中を押されたことは感じていた。
 尊敬する第十代皇帝鮑泉の言葉全てが、いずれ皇帝となる伯蓮にとって心強い教訓となる。


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