あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される



「今のはなんでもありません! 忘れてください!」
「朱璃……?」
「それにしても本当に美味しいですね! この桃饅頭!」

 話題を変えようと必死な朱璃だが、脳内ではあらゆる記憶が再生されている。
 廟から助け出された帰り道で、伯蓮は「妃になればいい」と朱璃に言った。
 ただ、そんな恐れ多いことを即決も即答もできるはずがなく、本気かどうかもわからないから。
 伯蓮の気持ちに気づかないふりをして、誤魔化すように振る舞った。
 いっそ「妃になれ」と命令してくれた方が、こうして迷わずに済んだのかもしれない。
 今更ながらに朱璃が思っていると、筒杯に入る果酒を飲み干した伯蓮が、突然宣言した。

「……そうだな。私は、恋をしている」
「っ……⁉︎」
「朱璃と出会う一月前は、恋をするどころか、宿命に抗う力さえ湧いてこなかったというのに」

 記憶を振り返ってみて、その信じられない変わりように伯蓮自身が笑みをこぼした。
 それはとても優しい空気を纏っていて、なんだか引き込まれてしまった朱璃は息を呑む。

「尚華妃との婚姻も、初夜を迎えることも。皇太子だから仕方がないのだと思っていたが――」

 そんな時、貂々を捕まえるため自身の危険を顧みない朱璃に出会うことができた。
 あやかしが視える人間に初めて出会い、その驚きと喜びも大きかったが。
 なにより茶会の時と初夜の時、あの瞬間に決まって妨害が入ったことが、宿命から抗う機会を与えられた気がした伯蓮。
 実際には、妨害と伯蓮への忠告目的だった貂々の作戦にハマっていたわけなのだが、それでも朱璃には感謝している。

「あの時、朱璃を助けられるのは自分しかいないと思った選択が、宿命と戦う結果に繋がった」
「……それは、伯蓮様にとって良かったことなんでしょうか?」
「もちろん。私が一番、私らしく生きたがっていたのだから……」
「……でしたら、私も嬉しく思います」

 言いながら朱璃は、以前貂々に話しかけている時に何気なく口にした言葉を思い出した。
 『伯蓮様には、幸せになってほしいなって思うんだ』
 心優しい皇太子の幸せを陰ながら願っていたのは、後宮の下女をしていた頃から変わらない朱璃だった。
 それがまさか、こんなふうにお酒を交わすほどの関係になれるなんて思ってもみなかったけれど。
 伯蓮が伯蓮らしく生きられているのなら、それはきっと幸せになるための導きがあったと思いたい。
 そして、それに少しでも自分が関わることができたのなら、この上ない喜びだ。


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