あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される



 一国の皇太子に特別な想いを寄せるなんて自覚したら、報われない恋に苦しむだけの未来が待っている。
 それを知っていて、朱璃は現実から目を背けたかった。

「……だって、私なんかが伯蓮様をお慕いするなんて、そんなのダメに決まって……」

 朱璃は先ほどまで陶酔していた顔を突然両手で隠すように覆い、その耳は今までにないほど真っ赤になる。
 伯蓮の気持ちに気付きながらもはぐらかし、自分の気持ちも誤魔化そうとしていた理由が垣間見えた。
 朱璃の立場を思えば当然ともいえる、身分の差。
 だから伯蓮はそっと朱璃の隣に歩み寄ると、その場に跪いて優しい声をかけた。

「私たちはあやかしが視える。が、やはり心までは視ることができないから、素直に言おう」
「……え……?」
「私には勿体無いほどに、朱璃は素敵な女性だ」
「! そ、そんなはずありません。私は国境近い郷の貧しい家の出で――」
「違うんだ朱璃……私を見て」

 恋する相手の名を呼びながら、その腕を掴んで開かせる。
 すると、こういう状況に慣れておらず、恥ずかしすぎて今にも泣き出しそうな朱璃の顔が露わになった。
 その潤んだ瞳も、震える唇も。
 今の伯蓮にとっては褒美になるほどの愛おしい姿に、心臓が激しく反応する。

「私が朱璃を恋しいと想うのは、もう止めようがないのだ。だから同じように、朱璃も私だけを見ていてほしい」
「っ……伯蓮様……」
「それが私の、望む幸せだ」

 家柄も出身も負い目に感じることなく、朱璃が快く皇太子の妃になるためにはどうするべきか考えた。
 そして、この王宮のしきたりを変えていくことこそが、今の伯蓮の幸せへと続く道なき道だと答えを出す。
 だから宿命に抗い、政略的な婚姻を解消し、二代皇帝に仕えた宰相と戦った。
 すると伯蓮の想いが届いたのか、その言葉に感動を覚えた朱璃は、目に涙を溜めて話しはじめる。

「っ……伯蓮様っを、お慕いしたままでも、いいのですか……?」
「もちろんだ、誰がなんと言おうと私がそれを許す。私は朱璃に想われたいし、こうして触れていたい……」

 言いながら、朱璃の涙が頬を流れる前に指先で優しく拭う。
 すると瞬きした朱璃が、上目遣いで伯蓮を見つめた。
 そんな反応をされては居ても立っても居られず、跪いていた伯蓮は腰を浮かせてゆっくり顔を近づける。
 互いの心が通った直後、その喜びを実感するためにも求め合うのは当然。
 ――しかし、そう思っていたのは伯蓮だけで、鼻先が触れそうな地点で朱璃の上体が後ろに下がった。



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