あやかし捜索係は、やがて皇太子に溺愛される



「…………え」
「ハッ、ごごごめんなさい! お顔が近くにあって心臓がもたないので、つい!」

 必死に言い訳をする朱璃だが、伯蓮は活力を失った目をしたまま動かない。
 悪気があったわけではないとわかっていても、ようやく迎えた口付けの機会を拒まれたことに変わりなく。
 今にも灰になって風に飛ばされそうな伯蓮の背後で、貂々と三々がコソコソと会話する。

「うわ、皇太子が拒否られてんぞ」
「私の子孫として恥ずかしいな」
「今の空気感でイケると思った伯蓮憐れ」
「驕りが過ぎた」

 全くコソコソできていない二匹の容赦ない言葉の数々が、しっかりと伯蓮の耳にも届いていた。
 そして羞恥と鬱憤で肩を震わせながら立ち上がった伯蓮は、二匹に近づいて窓を開けると。
 無言で二匹の首根っこを掴んで屋外にぺッと閉め出した。
 ここは三階。つまり二階の琉璃瓦の上で呆然とする貂々と三々は、互いの顔を見合わせて少しだけ反省会をする。

「からかいすぎた?」
「皇太子といえど、まだまだ青いな」

 一方、窓を閉めて深呼吸した伯蓮は、言葉が話せるあやかしも考えものだなと思いつつ、
 不機嫌を隠しきれなかった自分の未熟さを痛感していた。
 たかが口付けを断られたくらいで、と悔恨の念にかられていると背後で朱璃の声がする。

「伯蓮様、そのまま後ろを向いていてくださいっ」
「え? 朱璃、一体……っ⁉︎」

 動きを制限された伯蓮は、朱璃に何かあったのかと不安になった。
 しかし、その思考は背中に伝わってきた温もりによって、すぐに解除される。
 慣れないなりに、後ろからそっと抱きついてきた朱璃の気持ちが、伯蓮の心を大きく震わせた。

「さ、先ほどはすみませんでした……い、今は、これが限界で……」
「あ……いや、朱璃は悪くないのだ。私が急に……」
「違うんです。伯蓮様は、いつも私に、その……」

 言いながら伯蓮の体を抱く腕の力が、ぎゅっと強くなる。
 言葉はぎこちなくても、その行動は朱璃の今の気持ちの表れ。
 だから伯蓮は、振り向いて抱きしめ返したい衝動を必死に抑え、続く言葉を待った。

「……私に、“初めて”をくれるんです……」

 蓮の香りを初めて近くに感じた時、綺麗な手を差し伸べながら初めて会話した時。
 思いがけない胸の高鳴りを覚えて、思い返せばこれが恋の始まりだったようにも思う。
 そして初めて笑顔を見せてくれた時、初めて抱き抱えてくれた時。
 激しく波立つ鼓動を抑えられなくて、眠れない夜を初めて経験した。


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