よあけとあさひ

 「アサ」と書かれた名札を指でなぞる。

 ここではみんな、本当の名前とは別の名前を持っている。わたしは"アサ"と呼ばれているけど、本当の名前はアサじゃない。

 マリちゃんも、同室にいるアスも、みんな本当の名前じゃない。


『これはね、病気と闘う名前なんだよ。だからね、本当の名前は元気になるまで大切にしまっておくんだ』


 病気と闘う名前。先生はそう教えてくれた。

 苦しい思い出が本当の名前にこもってしまわないように、っていう先生ならではの考え。


 わたしはアサっていう名前、呼びやすくて結構気に入ってる。




 夕方の風は冷たくて気持ちがいい。

 ほおを通り過ぎていく風を感じて、そっと目を閉じたときだった。



「……あ、昼の」



 突然後ろから声がして、驚いて振り返ると。

< 14 / 118 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop