よあけとあさひ
看護師さんが部屋に入ってきた。この人はよくわたしの面倒を見てくれるカスミさん。いつも茶色くてふわふわの髪を後ろで一つに縛っている。
小さいころからわたしはここで暮らしている。この部屋は【病室】って言うらしい。
みんなはわたしを"アサ"って呼ぶ。ここでは、そういう決まりだから。
「元気だよ。セミは死んじゃったけど」
「死んじゃうなんてこと言わないの。セミもきっと来世は長生きできるセミに生まれ変わるはずだよ」
「なにそれ、長生きできても結局セミは早死にだよ」
人間とは違うから、セミはすぐに死んじゃうんだもん。
もう!と怒ったようにほおを膨らませたカスミさんは、わたしの状態を記録用紙にメモした。
ここでは、【死】という言葉をあまり使ってはいけない。今みたいに、看護婦さんや病院の先生に怒られてしまうこともあれば、他の患者さんにキッとにらまれてしまうこともある。
ここは、そういう場所。
死ととなりあわせの人がたくさんいる場所だから、その分、【死】という言葉にビンカンになっている。
「あれ、本読むのやめたの?」
閉じた状態で机の上に置かれた本。
その本を見つめながら、カスミさんはわたしに訊いてきた。
「今日はなんだか集中できないから、やめた」
「アサちゃんにしてはめずらしいね。今日はなにか特別なことがあるのかな」
「えー、なんだろ。特別なことって、たとえば?」
「うーん、運命の人との出会い! とか?」
目をキラキラ輝かせて言うカスミさん。
そうだった、この人少女漫画大好きだった。
わたしのことをお世話してくれる看護師のカスミさんは、昔から夢見るオトメなのだ。
わたしはあきれたようにため息をついた。