7.5日目のきみに会いたい

第15話 雫羽の現実

心電図の音が部屋に響く。ここは、病院の1つの個室。ベッドの上に1人の少女が酸素吸入を口につけ、横になって寝ている。苦しそうだ。時々、ゴホゴホと咳をしていた。すぐ隣のパイプ椅子に少女の母が心配そうに見つめていた。べッドの脇には千羽鶴が飾られている。左の腕には点滴のチューブが繋がっている。
回診に来た看護師が点滴の速さを確認していた。
「雫羽ちゃん、もうすぐ先生来るからねぇ」
 肩にそっと触れて声をかける。
「お母さん、これから先生参りますので、お聞きしたいことがあればどうぞ
 おっしゃってくださいね。検温しますね」
 そう言うと担当看護師は雫羽の脇に体温計をはさんで、同時に血圧を計り始めた。
「はい、よろしくお願いします」
 雫羽は、持病の症状に加えて、季節流行中の風邪にもかかり苦しい思いをしていた。 痰混じりの咳が止まらなかった。個室の引き戸が開いた。
「はい、こんにちは。えっと、水城 雫羽さんかな。どうかな。昨日から咳が出ているみたいだけど」
 ヒョロながいメガネをつけた担当男性医師の石澤が入ってきた。白衣のポケットから聴診器を取り出す。ベッドの脇に行き、雫羽の胸と背中の音を確認する。石澤が声をかけるが、何も反応せずに咳を2つした。
「相変わらず、恥ずかしいのかな。全然、離さないね。はい、胸の音も許容範囲内だね」
「すいません、ご迷惑おかけします」
「いえいえ、高校生っていうお年頃ですから無理もないですよ。
 お母様から何か気になることありませんか?」
 石澤は母の近くまで移動して、話を聞く。
「そうですね。もう、いつも不安です……」
 雫羽はまた咳を2つして、寝返りを打ち、2人の話を聞いてないふりをした。
 頭には母手作りの帽子をかぶっていた。母は泣きそうな声で言う。石澤は、そっと母の肩を撫でた。
「そうですね。ここまで一緒に頑張ってきましたもんね。大丈夫、お母様のやっていることは無駄じゃありませんよ。それは目の前で雫羽さんがよく見ていると思いますし、まぁ、体力や気力も本人次第ってところありますから。前向いていきましょう」
「……先生、そうは言いますけど、雫羽の寿命は私の命よりも短いんですよね」
 その言葉を聞いて、石澤は何も言えなくなった。
 心電図の音が静かに響く。いつの間にか、静かに雫羽は眠りについていた。
 眠っている姿は天使のように綺麗で美しかった。
「もう暗く考えるのはやめましょう。今を生きていくことだけ考えるんです」
「雫羽は、雫羽の寿命は、もうこれ以上伸ばすことは不可能なんですか!!
 先生、お願いします。私よりも長く長く、娘には生きて欲しいんです」
 白衣にすがるように泣き崩れる。看護師は出入り口付近で顔をふせていた。
「お母様、雫羽さんは抗がん剤治療にも真摯に立ち向かって、頑張っていましたよ。苦しい思いをして、今の状態まで辿り着くことができたんです。私たちの医師の力ではここまでが限界です。これ以上は雫羽さんの体全てを傷つけてしまうことになるんです。そんな酷なことはできません。温かく見守りましょう」
 石澤は、母の両肩をしっかりとおさえて、勇気づけた。涙が止めどもなく流れている。そんなことも知らずに雫羽はすやすやと気持ち良さそうに眠っている。眠っている方が、平和で楽しい夢を見れる。現実から逃げている雫羽がいた。病室の窓際の縁には、河川敷の川の写真が飾られている。いつも雫羽が眠るベッドからよく見える位置にあった。
 水が落ちる音が聞こえる。水たまりに波紋ができた。河川敷で、白いワンピースの裾が揺らいだ。川の流れる音が心地よかった。麦わら帽子が突然の突風で飛ばされる。
「澄矢くん!!」
 雫羽は叫んだ。高く手を伸ばして、風で流されて青空に浮かぶ麦わら帽子をつかんだ。どうにか間に合った。
「雫羽、ちゃんとかぶっておけって。ほら」
 頭にかぶせられた。3ヶ月前の2人の異次元世界だ。いつからこうなったか、わからない。
 病院の個室でぐっすりと熟睡すると、なぜか元気だった頃放課後に通っていた遊具のある河川敷に移動していた。そこでは、いつも小早川澄矢という人が優しく話を聞いてくれた。
 そこがいつも2人の会える場所だった。
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