その手で強く、抱きしめて
「……痛っ……」

 ジンジンと痛みが伝わる頬を押さえながら、呆然とその場に立ち尽くす。

「お前が悪いんだぜ? 変な事言うからさ」

 初めこそバツの悪そうな表情を浮かべたものの、開き直ったのか人のせいにしてソファーへ腰を下ろし、

「何突っ立ってんだよ? 俺腹減ってんだけど? さっさとしろよ」

 まるで何事も無かったかのように、しかも自分の部屋に居るかのように寛いでいる直倫の事が怖くなった。

(逃げなきゃ……)

 また殴られる事を恐れた私は一歩、また一歩と後退り、

「おい綺咲! てめぇどこ行くんだよ!?」

 私の挙動に気付いた直倫が大声を上げたのとほぼ同時に、逃げるように部屋を飛び出した。

 飛び出してからは、無我夢中だった。直倫が追いかけて来ているのが分かったから。

 捕まったら終わりだと思ったから、振り返る事すらせずにただひたすら走り続けた。

(逃げなきゃ、とにかく遠くへ逃げなきゃ……!)

 追いつかれないように、とにかく遠くへ、そして何処かに身を隠そうと必死だった。

 暫くひた走り、河川敷へ辿り着く。

 自宅アパートからは結構離れているし、ここなら見つからないだろうと思い、安堵する。

「……これから、どうしよう」

 そしてゆっくり歩きながら呼吸を整えて最初に思った事は、これからの事。

 あの時は怖くて逃げる事しか頭に無かったけれど、そもそも私は自分の部屋から逃げ出して来たのだ。何も持たずに。直倫を部屋に残して。

 それが何を意味するのかと言うと、待ち伏せされているかもしれない部屋に戻れないばかりか、お金もスマホも無いから泊まる場所も行く宛も誰かに連絡すら取れないという事。

(どうしよう……職場に行ったって、今日は休みで誰も居ないし……)

 警察に相談という手もあるけど、これまでの事を踏まえると正直アテにならないし、下手に直倫を刺激して更に状況が悪化しても困る。

 こうなると実家を頼るしかないけど、私は母子家庭で只でさえお母さんには苦労をかけているのに、ストーカー被害に遭っているなんて言って余計な心配をかけたくないから頼れない。

(やっぱり、アパートに帰るしかないの?)

 どうする事も出来ず途方に暮れていたその時、

「――おい」
「!!」

 後ろから声を掛けられ、腕を掴まれた。
< 11 / 44 >

この作品をシェア

pagetop