その手で強く、抱きしめて
 彼――眞弘さんはスマホを取り出すと誰かに電話を掛ける。

 すると、五分程で一台の車が停まり、

「お待たせ致しました、眞弘様」

 運転席から出て来たのは眞弘さんと同じくらいか少し上くらいの男の人。

 グレーのスーツに身を包み黒髪マッシュヘアで眼鏡を掛けたその人は背筋を伸ばした後で綺麗な姿勢で一礼した。

龍登(たつと)、悪かったな、呼び出して」
「いえ、所用で近くに居りましたので、お気になさらず。そちらの方が、先程お話いただいた綺咲様でございますか?」
「ああ、そうだ。綺咲、コイツは梶原(かじわら) 龍登。うちの会社の副社長を務めていて、俺の一番の理解者でもあり、秘書的な仕事も担ってくれている有能な奴だ」
「初めまして、五條 綺咲です。よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。ではお車にお乗り下さい」

 眞弘さんに梶原さん紹介された私は自身の名を名乗り挨拶をすると、爽やかな笑顔で応えてくれた。

 そして梶原さんに促されて眞弘さんと共に車に乗り込む。

「綺咲、その元恋人はお前の自宅を知っているんだよな?」
「あ、はい」
「それなら、ひとまずお前の家に寄って必要最低限の荷物を纏めて来た方がいいな。住所を教えてくれ」

 眞弘さんは自分の家に行く前に私の部屋に寄って荷物を持ってくる事を勧めてくれたのだけど、まだ直倫が居るかもしれない部屋に戻る事が怖くて住所を口にするのを戸惑ってしまう。

「どうした?」
「その……実は、ここへ逃げて来る前、元カレが部屋を訪ねて来て、そこで殴られて、気が動転して逃げて来てしまったので……もしかしたらまだ部屋に居るかもしれなくて……」

 なかなか住所を答えない事を不思議に思った眞弘さんに問い掛けられた私は、ぽつりぽつり今の状況を伝えると、

「……そうか、その状況でお前を自宅近くへ行かせる訳にはいかない。住所だけ教えてくれ。部下に様子を見に行かせる」

 私を部屋へは行かせられないので部下に様子を見に行かせるから住所だけ教えて欲しいと言うのだ。

「で、でも……」

 またしても関係の無い人を巻き込む事になってしまうこの状況に申し訳無さを感じてなかなか住所を口に出来ない私の気持ちに気付いている眞弘さんは、

「俺を頼ると決めた以上、誰かに迷惑をかける事を申し訳無く思う必要は無いし一切遠慮は要らない。いいな?」

 遠慮はせずに話すよう念を押してくれた。
< 14 / 44 >

この作品をシェア

pagetop