その手で強く、抱きしめて
 眞弘さんが二階へ上がっていったのと入れ違いに車を車庫に停めてきたらしい梶原さんがリビングへと入って来ると、そのままキッチンへ立って何かを始めていた。

 それをチラチラ横目で見ていると、どうやらコーヒーを淹れるらしい。

(何かお手伝いした方がいいのかな?)

 そう思った私は再びソファーから立ち上がってキッチンへ向かう。

「あの、私も何か手伝います」

 黙々と準備を進める梶原さんに声を掛けると、

「お気になさらず。こういう事は私の仕事ですから、綺咲様はお座りになっていて下さい」

 先程同様爽やかな笑顔を浮かべた彼に座っているよう言われてしまう。

 にこやかに言われてしまうとそれ以上何も言えない私は「分かりました」と一言口にして戻っていく。

 梶原さんは秘書のような仕事もこなすと言っていたけれど、これもその一環なのだろうか? 秘書というより家政婦のような仕事までこなす彼を純粋に凄いと思いながら眞弘さんが降りて来るのを待っていた。

 それから程なくして部屋着なのか白色で無地のTシャツに、黒のスウェットズボンを履いたラフな格好で眞弘さんが降りてきた。

「眞弘様、コーヒーでございます」
「ああ、悪いな」
「綺咲様も、コーヒーで宜しかったですか?」
「あ、はい、大丈夫です! ありがとうございます」

 そしてタイミング良くコーヒーが運ばれて来ると、私のすぐ横に座った眞弘さんはコーヒーカップを手に取り飲んでいく。

 私は用意されたお砂糖とミルクを入れてから、フーと何度か冷まして少量口にする。

 男の人の家にお邪魔して、すぐ隣に座られている事にドキドキしつつも何度かコーヒーを口にしていくと、

「さっき様子を見に行かせた部下から連絡があってな、部屋は留守だったという報告を受けた。恐らく自分の家に帰ったんだろう」

 私の自宅アパートの様子を見に行ってくれた眞弘さんの部下の人からの連絡で直倫が部屋から出て行っていた事を告げられた。

「そう……ですか。すみません、お手数をお掛けしてしまって」

 ひとまず部屋から直倫が出て行ってくれたと分かり一安心したものの、いつまた現れるかもしれないと思うと帰ろうという気になれない。

 その気持ちが表情に表れていたのだと思う。黙ってしまった私に眞弘さんは、

「綺咲、お前さえ良ければこの家で生活をするといい。部屋なら余っているし、俺以外に居ないから気を遣う事も無い。セキュリティは万全だから例え居場所を知られたとしても、この家にいる限り元恋人が接触してくる事も無い。どうだ?」

 この家で生活する事を提案してくれた。
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