その手で強く、抱きしめて
 翌日、眞弘さんが話をつけてくれた事で私の転職が決まって会社に置いてある荷物は後日纏めて郵送してもらう事になり、手続きなども全て会社に行かなくてもいいような手はずを調(ととの)えてくれた。

 そして、眞弘さんの会社で働くにも準備が必要なので、全てが調うまで自宅待機となった私は眞弘さんが出勤する少し前に梶原さんと共にやって来たトヨさんと二人部屋の掃除に勤しんでいた。

 トヨさんは八十歳らしいのだけど、見た目も体力的にも全く年齢を感じさせないくらい若さが溢れていた。

 部屋の掃除を終えてから暫く、昨日新しく買ったスマホに限られた人のみの連絡先を移行してからふとSNSが気になった私がログインせずにそれを開いて直倫のアカウントを覗いてみると、そこには驚くべき数々が記されていた。

《元カノから謝られたからヨリを戻したはずなのに、急に態度変えやがった》
《俺の事、好きみたいな態度だったくせに…》
《言い合いになって部屋出て行ったきり帰ってこない》
《夜も来てみたけど、やっぱり戻ってない……》
《おかしい……他に男がいるかもしれない》
《今朝いつもの電車に乗ってこなかった。連絡しても繋がらない。心配だ……》
《俺はこんなにも心配してるのに、何なんだよ……》
《帰りは職場の方に行ってみよう…》

 しかも、明らかに嘘が書かれている事、昨日帰った後もまた様子を見に来ていた事、今朝も待ち伏せしていた事、仕事終わりに私の職場へ向かおうとしている事……衝撃的な内容ばかりで怖くなった私は思わず持っていたスマホを落としそうになる。

(良かった……あのままアパートに戻ってたらどうなっていたか……。仕事も、行かなくて正解だった……)

 けれど、それと同時に当たり前だけど今の私の居場所はバレていない事が分かって少しホッとした。

 だけど、相手は直倫だ。

 どこから情報が漏れるかも分からない。

 直倫と間接的な繋がりのある友人も数人いる事から、新しい連絡先を教えるのも慎重になってしまう。
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