その手で強く、抱きしめて
「お前の元交際相手の事だが、相変わらずお前の事を探しているようだ」
「そう、なんですね」
「毎朝お前が乗ってくるであろう電車に乗り、ギリギリまでお前を待っている。日中もアイツは恐らく営業の外回りを理由にお前の職場周辺を彷徨いているという報告を受けている」
「…………」
「SNSの方でも、だいぶ暴走しているみたいでな、だんだん奴の異常さに離れていくフォロワーも増えてきている」

 眞弘さんから聞けば聞く程、直倫の異常さが浮き彫りになっていく。

 彼は何故、ここまで私に固執するのだろう。そもそも別れを選んだのは直倫の方だったのに。

 だけど、今思えば別れて正解だったんだと思う。

 直倫の異常さに気付かないまま付き合い続けていたら、きっと逃げられなかったと思うから。

 でも、果たして直倫をこのままにしておいてもいいのか気掛かりで私を悩ませる。

「やっぱり、きちんと話をするべきなのでしょうか? このまま放っておいて、周りに迷惑を掛ける事にでもなると……」
「馬鹿な事を言うな。今お前が奴と会うのは危険だ。ああいう男に優しさを見せてはいけない。例えどんな理由があろうとも絶対、会う事はするな。いいな?」
「……はい」

 勿論、眞弘さんの言い分も分かる。

 でも、本当にこのままでいいのか、ヤケになって関係の無い周りの人々に危害を加える事になったりしないのか、それだけがとにかく不安だった。

「……私の今の住まいは、知られる事は無いのでしょうか?」
「絶対、とは言い切れない。今の世の中、あらゆる手段を使えば不可能な事なんて無いだろうからな。しかし、それを恐れてお前が一生家の中に閉じこもっている訳にもいかない。何とかして、お前の事を諦めさせるしか無いが、そう簡単な事でないからな」
「…………」

 直倫はどうすれば私を諦めてくれるのだろう。他の女の人に目を向けるのが一番早いのだろうけど、新たに犠牲になる人が出るのかと思うと手放しでは喜べない。

「とにかく今は奴からお前を遠ざけるしか方法は無い。だが必ず何か手立てが見つかるはずだ。俺が何とかしてやるからもう少し今の生活で辛抱してくれ」
「ありがとうございます」

 眞弘さんは本当に良い人だ。

 何も返せない事が申し訳無いくらい。

 直倫の事は怖いけれど、眞弘さんが居るから大丈夫。

 そう思っていたけど、私たちの想像以上に直倫の私への執着は凄まじいものだった。
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