その手で強く、抱きしめて
「いいか、綺咲はインターホンを鳴らして相手がドアを開けたら、俺の後ろに回るんだ。どんな事があっても俺より前に出るな。約束出来るな?」
「はい」

 アパートに辿り着き、車を降りる直前に眞弘さんは自分よりも前に出ないよう念を押してくる。

 そして、直倫の部屋の前にやって来た私はインターホンを鳴らす。

『ようやく来たか』

 声だけでも苛立っている事が分かり、やっぱり怖くなる。

 そして、鍵を開ける音と共にドアが開くと、眞弘さんは私の腕を引いて自分の背に追いやった。

「何だテメェは?」
「お前のようなクズに名乗る名は持ち合わせていない」
「何だと? 綺咲、テメェ! 一人で来るよう言っただろうが!」

 眞弘さんの背に隠れていた私の姿を見つけた直倫が殴り掛かって来ようとするけれど、

「痛ぇっ! クソ! 離せよ、クソが!」

 眞弘さんが直倫の手首を掴んで捻り上げると、彼は痛がりながら悪態をついた。

「お前が綺咲にして来た事は全て証拠として押さえてある。他人のスマートフォンを盗んで連絡して来た事も含めてな」
「はあ? 訳わからねぇ事言ってんじゃねぇよ! 知らねぇよ!」
「白を切るならそれでもいいが、これ以上お前のしてる事を見過ごす訳にはいかない。証拠を全て警察に提出して、それ相応の罰は受けてもらう」
「ふざけんじゃねぇよ! つーか何なんだよ! 綺咲、お前、本当最低な女だな! 俺がチャンスをやったのに!」

 眞弘さんに何を言われても堪えていないらしい直倫は怒りの矛先を私へ向け、罵声を浴びせてくる始末。

(チャンスって、何? 最低? 私が?)

 直倫の一方的な言い分に苛立ちは募っていく。

 付き合っていた頃は、こんな人じゃなかった。

 何が彼をここまで変えたのだろう?

 私に原因があったのだろうか?

「もういい、お前とは話にならない。後は警察に任せる事にする。逃げても無駄だ。お前の事は常に監視させているからな。覚悟しておけよ。綺咲、帰ろう」

 聞く耳を持たず、話にもらない直倫に呆れ果てた眞弘さんは直倫の手首を離すと、溜め息を吐きながら私を庇うように肩を抱いてこの場を去ろうとするけど、

「すみません眞弘さん、少しだけ時間をください」

 彼にそう伝えた私は直倫の方を振り返り、

「ねえ直倫、貴方は自分から私を捨てたのに、どうして今になって私に固執するの? 私、何かした? お願いだから、その理由を教えてよ」

 浮気して捨てたのは直倫の方なのに、何故こんなにも私に固執するのかが知りたくて理由を問い掛けた。
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