その手で強く、抱きしめて
「綺咲、コイツに何を言っても無駄だ。行くぞ」
「でも……」

 私の問いに答えない直倫を前にした眞弘さんは私の手を掴むと半ば強引にその場から引き離した。

 その間直倫は私たちを睨みつけるように見続けたまま。

 そして裏手にある駐車場に停めてある車に乗り込もうとドアを開けた、その時――

「死ね! クソ女!!」

 そんな叫び声と共にカッターナイフを手にした直倫が走って近付いてくるのが、まるでスローモーションのようにゆっくり見えた。

(刺される!)

 あまりにも突然過ぎて、動く事も忘れてしまった私がその場に立ち尽くしていると、

「綺咲!」

 名前を呼ばれ、既のところで私の視界が何かに遮られた。

 名前を呼んでくれたのは眞弘さんで、彼の背が目の前にある事から庇ってくれたのは分かった。

 だけど、眞弘さんのすぐ前には直倫の姿もあって、眞弘さんの肩越しから直倫と目が合った瞬間、ニヤリと不気味な笑みを浮かべたので嫌な予感がした。

「いつまでも調子に乗ってるから、こうなるんだぜ?」

 そして、その台詞と共に眞弘さんから距離を取った直倫の手に握られていたカッターナイフには血が付いていて、雫がポタリと地面に垂れていく。

「眞弘、さん……?」
「大丈夫だ、問題無い」

 嫌な予感は私の全身から血の気を奪っていく。

 眞弘さんの名前を呼びながら彼の右腕付近に視線を落とすと、そこから血が流れていた。

「眞弘さん! 直倫、貴方……っ」
「うるせぇな! 綺咲、お前が悪いんだ! そんな男と一緒に居るから! 俺を裏切って男の所へ行くから! お前が他人を巻き込んだんだぜ? 馬鹿な女だ! 俺の言う事聞いてれば他人を巻き込む事も無かったんだよ!」
「綺咲、奴の挑発には乗るな。大丈夫だ、全て計画通りだから」
「え……?」

 こんな状況下で「大丈夫」と口にする眞弘さんは「計画通り」だとも言う。

 何の事だか分からず戸惑っていると、少し離れたところからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
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