その手で強く、抱きしめて
 その音に流石の直倫も焦りの表情を浮かべている。

「何だ、お前……通報しやがったのか?」
「俺がいつ出来ると思う? けどまあ、俺が頼んだ。俺や綺咲に何かして来たらすぐに通報しろとな」

 眞弘さんのその言葉から、恐らく梶原さんか他の人を近くで見張らせていて、何かあった時にはすぐに通報するよう伝えておいたのだと分かった。

「クソっ!」

 直倫は持っていたカッターナイフを地面に叩き付けるように投げ捨ててこの場から逃げようとするけれど、

「逃げたところで捕まるのは時間の問題だ。それに、脅しただけではなく、俺に怪我を負わしている。これは立派な傷害事件だ。その上逃げると更に罪が上乗せされていく。それでもいいなら何処へでも行けばいい」

 眞弘さんが挑発するように口を開くと、怒りを露わにしつつも逃げ場が無い事に絶望してその場に崩れ落ちる。

「クソっ! クソっ!!」

 そして、ただ繰り返し同じ言葉を口にしては地面に拳を叩き付けていた。

「眞弘さん、これで止血を!」

 私は持っていたハンカチを広げて傷口に当てがっていく。

「すみません、私のせいで……」
「綺咲のせいじゃない。避ける事も出来たが、怪我を負わされた方がより事件に出来るからな。この程度の怪我でどうにか出来るならそれが一番いい」
「そんな……」

 どうやら眞弘さんはわざと直倫に傷を付けられたのだと分かり、私は何とも言えない気持ちになった。

 その後パトカーがアパート前までやって来ると、直倫は警察の人に連行されて行く。

 私たちは駆けつけた梶原さんの運転する車に乗って眞弘さんの手当の為に病院へと向かう事になり、事情聴取は後日日を改めて受ける事になった。
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