その手で強く、抱きしめて
 この手紙を無視する事も捨てる事も出来るけれど、脅しに近い文章を見ると怖くて逆らう事が出来なくなり、部屋に戻った私は渋々ながら書かれていた連絡先を登録して着信出来るように設定し直した。

 それからというもの、直倫は毎日電話とメッセージを欠かさずするようになった。

 会いに来られるのは嫌だから連絡を取れるようにしただけなのに、何を勘違いしたのか直倫の思い込みはますますエスカレートするばかりだった。

 これが、今一番悩まされている原因。

 毎朝メッセージが送られて来て、それに返信しないとすぐに電話が掛かってくるし、朝や帰りの電車も毎日ではないにしても、合わせられる日は必ず時間を合わせて同じ車両に乗ってくる。

 連絡が取れているからか、話し掛けては来ないけど、監視されているみたいで鬱になる。

 話し掛けてもまたこの前みたいに断られると分かっているからだと思うけれど、それが分かっているならこんな風に私に固執し続けたところで時間の無駄だと何故気付かないのか、それが不思議で仕方無かった。


「……おはよう……」
「おはよう綺咲、朝からお疲れ」

 職場の更衣室に着いた私は隣に居た同僚の(さくら) 藍華(あいか)に挨拶をすると、疲れの原因を知っているからか心配そうな表情を浮かべながら労いの言葉を掛けてくれた。

「今日も居たの?」
「うん。向かいの席に座ってきた……」
「うげぇ……マジでキモいじゃん。警察には相談したの?」
「したけど、あの手紙だけじゃ脅迫とも言えないし、連絡が来たり同じ電車に乗り合わせたくらいじゃ実害が無いから対処のしようが無いって言われただけ」
「いやいや、十分被害受けてるじゃんね。ってか何かあってからじゃ遅いから相談してんのに意味分からない」
「本当にね……」

 藍華の言葉に頷きながら仕事着に着替えた私は、バイブ音が聞こえてきたスマホを嫌な予感に包まれながら手に取った。
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